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▼ おかしな時間割3

 七つの長い階段を登り、やっと着いた見たこともない踊り場からさらに左側の方へと向かえば狭い螺旋階段があった。螺旋階段を上る頃には全員疲れ切り、口数も少なくなってきた。全員の荒い息遣いだけが階段の中に響き渡る。聞いてるだけで余計に暑く感じてしまうとソフィアは思った。階段を上りきったところで小さな踊り場に出たが、どうやらそこがゴールではないらしい。狭い踊り場には他の生徒はいるが、先生の姿は見えなかった。それどころか、占い学にありそうな水晶玉やタロットカードも置かれていない。

「トレローニーはどんだけ僻地に左遷されてるんだ?」

 ギリアンが睨みつけるように天井を見つめるので、ソフィアもつられて見上げた。そこには丸いハネ扉があり、真鍮の表札がついている。

「シビル・トレローニー、『占い学』教授」

 レティが息も絶え絶えな中読み上げた。小声で履修を中止しようかしらというつぶやきが聞こえてきたが、ソフィアは聞こえないふりをした。彼女ならやりかねないと思ったからだ。

 ハネ扉がパッと開き、銀色の梯子が降りてきた。レディーファーストだと嫌みたらしいギリアンの台詞に背中を押され、恐る恐る梯子を上る。教室はスネイプの魔法薬学のように薄気味悪くも、スプラウトの薬草学のように土臭くもない。しかしながら、噎せ返るような香りが充満していて、ソフィアは思わず顔をしかめた。

 小さな丸テーブルが二十卓以上、所狭しと並べられている。それぞれのテーブルの周りには繻子ばりの肘掛け椅子やふかふかした丸椅子が置かれていて居心地が良さそうだ。暗赤色のスカーフで覆われたランプが発する真紅のほの暗い灯りだけが頼りで、全ての窓のカーテンは閉められている。締め切られたこの空間は、くらりと目眩がするほどの暑さだった。

 暖炉の上にはいろいろとゴチャゴチャに並べられており、大きな銅製のヤカンが火にかけられている。暖炉の方向からこの噎せ返るような濃厚な香りが発せられているようだ。丸い壁面いっぱいに棚があり、埃を被った羽や蝋燭の燃えさし、何組ものボロボロのトランプ、数え切れないほど大量の水晶玉まで置かれている。

 ずらりと並んだ紅茶カップはまるで紅茶専門店のようでもあった。それでいて、この甘ったるい鼻の奥を突き抜けるような香りに混ざって、古いカビ臭さもある。一言で言えば、これまで見た教室の中でも群を抜いて変だった。

「ようこそ」

 暗がりの中、突然聞こえたか細い声にソフィアは肩を跳ねさせた。霧の彼方から聞こえてくるような儚い声は少しばかり気味が悪い。ソフィアの様子を目撃したギリアンが肩を震わせ笑いを堪えている。

「この現世で、とうとうみなさまにお目にかかれてうれしゅうございますわ」

 暗がりから現れたトレローニーはひょろりと痩せた女性だった。ただ、余りにも大きなメガネの度数が強いのか目が本来の数倍は大きく見えていて、まるでトンボのようだとソフィアは思った。スパンコールで飾った透き通るショールをゆったりと纏い、折れそうな程細い首からは鎖やビーズ玉が何本もぶら下げている。これまた細い腕や手は腕輪や指輪で地肌が見えない。どこかの民族女性のようである。夢に出てきそうな見た目だった。

「おかけなさい。あたくしの子どもたちよ。さあ」

 先生の言葉に戸惑いながらもソフィアは肘掛け椅子に身を埋めた。その様子に苦笑しながらセドリックが丸椅子に姿勢良く座っている。レティとギリアンは隣の丸テーブルに腰を下ろしたようだった。

「あたくしはトレローニー教授です。たぶん、あたくしの姿を見たことがないでしょうね。学校の俗世の騒がしさの中にしばし降りて参りますと、あたくしの『心眼』が曇ってしまいますの」

 トレローニーは全員が自分に注目していることを確認するように周りを見渡すと、勿体ぶったように続けた。

「『占い学』は魔法の学問の中でも一番難しいものですわ。初めにお断りしておきましょう。『願力』の備わっていない肩には、あたくしがお教えすることは殆どありませんのよ。未来の神秘の帳を見透かすことが出来るのは、限られたものだけに与えられる『天分』なのですから……」

 何人かの生徒が息を呑んだ。その反応にトレローニーは鼻の穴を膨らませた。


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