▼ ダイアゴン横丁2
ソフィアの肩が叩かれた。振り返ると、すぐ側に茶色がかった黒髪の少年が立っている。セドリック・ディゴリーだ。ソフィアは歓喜の悲鳴をあげた。セドリックは黒髪に灰色の瞳のハンサムで、同じハッフルパフに所属している。入学して早々ホグワーツの人気者の座を獲得しているのに、何故かソフィアの親友でもあった。
「セド!」
ソフィアは叫んだ。朝ごはんと手紙を机に置いたまま椅子から飛び降り、ハグをする。普段の学校での制服姿と違って、紺地のポロシャツとジーンズを着ている。ソフィアとセドリックがいる店の隅だけマグルが迷い込んでしまったような光景になっていた。
「背伸び薬でも飲んだ?」
二ヶ月ぶりに見るセドリックは驚くべきことに、身長が少なくとも五センチは伸びていた。私の方が高かった筈なのにとソフィアは目を瞬いた。
「飲んでないけど、関節全部がダメになったかと思ったよ」セドリックはソフィアの食べかけの朝食を見てから、時計をちらりと見た。「早かったかな?」
時計は待ち合わせの時間の十分前を指している。ソフィアは首を振った。
「違うの、トンクスからの手紙を読んでたら食べるのが遅くなっちゃって」
「よければ席に座りながら話そう……トンクスは元気そう?」
セドリックはもう一度ソフィアの朝食を見て、背中を優しく押して席に着くよう促した。食事の邪魔をしたことを気にしているようだ。ソフィアはおとなしく食事を再開し、正面に座ったセドリックへ手紙を見せた。
「闇祓いの訓練は大変そうだけど、元気そうだったわ。それよりも酷いの! 今更占い学を取るなんて絶対やめとけって言うのよ」
セドリックは、ソフィアの言葉に苦笑いを浮かべた。ソフィアの記憶が正しければ、彼も占い学を取っていたはずだ。
視界の端で、暖炉の炎がエメラルド色に変わった。セドリックは、トンクスからの手紙を読んでいるので気づいていないらしい。メラメラと高く燃え上がり、炎の中から現れたのは、ギリアン・サマーズだった。ギリアンはソフィアと目が合うと、人差し指を唇に当ててニヤリと笑った。短いパーマをかけた青い髪と黄色い瞳が、みるみるうちに短い黒髪と灰色の瞳に変わる。顔立ちも、瓜二つとまではいかないがセドリックと似たものに変わっていく。
「待たせたね、ダーリン」
ギリアンは腰をかがめてセドリックの耳元で囁いた。見た目はセドリックと似ているのに、声は聞き慣れたギリアンのものと同じだった。セドリックは、間近にある自分と似た顔か、もしくは突然かけられた声に驚いたのか、椅子の上で器用にはねた。ソフィアとギリアンが笑うと、恥ずかしそうにはにかんだ。ギリアンは元々の姿にあっという間に戻っていく。杖も魔法薬がなくても思いのままだ。ギリアンはトンクスと同じ七変化の能力の持ち主だった。トンクスとの違いは、自分の鼻を豚に変えて周りを笑わせたりしないことだろう。嫌なやつではないが、気取った性格の持ち主だった。
「さっき、誰を見たと思う?」
ギリアンはニヤニヤと笑いながら、ソフィアの隣の席に座った。ギリアンの問いかけに、ソフィアとセドリックは揃って首を傾げた。残りの食事を口に放り込みながら考える。
「ハグリッドとか? ノクターン横丁に行ってたけど」
セドリックの意見に、ソフィアはぎょっとして視線を皿からセドリックに向けた。
「ちょっと!」ソフィアは非難するような声をあげる。「あなた、ノクターンへ行ったりなんてしたの?」
「違うよ!」セドリックが焦ったように首を振った。「さっき通りで会った時にノクターン横丁の方へ用事があるって話してたんだ。肉食ナメクジの駆除剤がどうとかで……」
「よろしければ、答えを言っても差し支えないかな?」
ギリアンがイライラしたような声をあげた。自分を置いて盛り上がる会話に少々機嫌を悪くしたらしい。苛ついたように質問するギリアンにソフィアたちは慌てて謝った。
「ハリー・ポッター!」
勿体ぶって言われた言葉に、ソフィアは口を開けたまま固まった。
「そういえば、僕らの二つ下だっけ? 今年ホグワーツに入学ってことかな」
セドリックはソフィアより先に驚きから回復すると、思い出したように言った。
「ああ、そうだと思うぜ。ここはぜひハッフルパフに欲しいところだ、何せあのポッターだ!」
ギリアンが語気を強めて言った。
「確かに、彼がハッフルパフに来たら凄く嬉しいわ!」
瞳をキラキラと輝かせたソフィアに、セドリックとギリアンも笑みを浮かべながら頷いた。確かに、あの有名なハリー・ポッターが来ればハッフルパフが陰で言われている落ちこぼれ集団だなんていう不名誉な噂は払拭されるかもしれない。それに加えて、ソフィアはハリー・ポッターのファンだったのだから、当然同じ寮生になりたかった。
「ところで、教科書はもう揃えた? もし揃ってたら、僕たちが買い物してる間にレティたちと会ってきたらどうかと思って。さっき通りで見かけたんだよ」
「ええ、揃えたわ。お言葉に甘えちゃおうかしら」
prev / next