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▼ クィディッチ・ワールドカップ1

 揺り動かされて目が覚めた。ソフィアは寝ぼけて、地震が起きたのかという焦りで飛び起きた。起きてみれば、震源はベッドの脇に立つシリウスだ。安心して2度目の眠りに堕ちようとしたソフィアに、シリウスは「起きろ! 出発の時間だ!」と声高らかに言った。

「えっと……どこに?」

 何の出発なのかと聞き返すソフィアにシリウスは笑った。まるでソフィアがウィットに富んだジョークを飛ばしたかのような反応だ。

「クィディッチ・ワールドカップだ! 滞在の目的をお忘れかな? ところで、どうだった?」

 シリウスの目がキラキラと輝いて、灰色の瞳が明るさを増したように見えた。ソフィアは首を振った。この数日間、シリウスが学生時代に"拝借した"メモを見せてくれてから毎朝のやりとりになりつつある。

 あの後、シリウスは、占いたい人物の名前を書いた紙を枕元に置けば予知夢を意図的に視れるのではないかと推察を披露した。

 ものは試しにと、この数日間シリウス・ブラックと書いた紙を枕元に置いて寝ている。まるで好きな人の夢を見ようとおまじないをする子供のようだ。ソフィアの想いが足りないのか、シリウスはソフィアの夢に登場してくれる気配すら見せていない。

「駄目、スネイプがタップダンスしてる夢だったわ」

「"夢見が悪い"の例文に使えそうな悪夢だ……」

 シリウスは顔を歪め、吐く真似をした。その様子が、フレッドを思い出させるものだから、ソフィアはくすくすと笑った。フレッドであれば、「トレローニーとワルツを踊る方がまだマシだ」と続けていただろう。

「魔法は奥が深い、仮説通りにはいかないものだ。占い学ともなれば尚更難しいに決まってる。魔法族でも予言を信じない者が多いくらいだ」

 どうやら励まそうとしたらしい。ソフィアは、シリウスの気遣いに笑顔を浮かべた。シリウスも快活な笑顔を浮かべて、ソフィアの肩を叩いた。

「さあ、支度をして。下で待っているから準備したら降りてきてくれ。いいか、急いで静かに、だ。母上を起こさないでくれよ」

 バチンという音を立ててシリウスが消えた。どうやら姿くらましをしたらしい。鍵を閉めていたので、姿現しで来ていたようだ。

 クリーチャーが夜中に部屋に入ってきたことがあったので、ソフィアはこの部屋の鍵を閉めていた。シリウスのようにクリーチャーも入れていたのかもしれない。

 ソフィアは発覚した事実に微妙な気持ちになりながら、着替えを見つけるためにトランクを漁ることにした。アイルランドを応援するのだから、とっておきの緑と白のワンピースを用意したのだ。

 ワンピースに着替えて部屋を出ると、クリーチャーが廊下を歩いていた。背中を丸めて、背骨が浮き出ている。年老いて干からびた老人のようだ。

「おはよう、クリーチャー」

 ソフィアは出来るだけ愛想の良い笑顔を浮かべて挨拶をした。

「おはようございます、お嬢様」

  クリーチャーはわざとらしく恭しい様子でお辞儀をした。お辞儀をしたまま、小さなボリュームで、けれどはっきり聞き取れる声音で続ける。

「血を裏切るガキが、クリーチャーに話しかけた」

 挨拶をする度にこれだ。ソフィアは苦笑いを浮かべて通り過ぎようとしたが、一度歩みを止めてクリーチャーに蛙チョコの箱を一つ渡した。クリーチャーは怪訝そうな様子を隠そうともせず、箱を受け取る。

 これまで何度もホグワーツの厨房で沢山のしもべ妖精に出会ったが、ここまで性格が捻くれて卑屈だったことはない。長年の孤独と、この家のしきたりのせいだろうと思うと、なんとなく優しくしてやりたい気持ちになった。

「よければ食べて。魔法使いのカードも入ってるのよ、もしかしたらあなたの仕えるブラック家の方もいるかもしれないわ」

 食べてと言った時の微妙な表情に、ソフィアは慌てて付け加えた。数日間の様子から、――現当主のシリウスは除いて――ブラック家の忠誠心は非常に強いことは十分伝わっている。

 狙い通り、クリーチャーは捨てるでも突き返すでもなくいそいそ汚いキッチンタオルのような服の中にしまうと姿くらましで消えてしまった。ソフィアは、静かになった廊下を慌てて進んだ。この調子では、シリウスが待ちくたびれてしまう。

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