immature love | ナノ


▼ グリモールド・プレイス2

 あてがわれた寝室から一階下にある、天井の高い広い部屋にシリウスは案内した。オリーブグリーンの壁は汚らしいタペストリーで覆われ、絨毯はまるで元々灰色であったかのように分厚い埃が降り積もっている。長いビロードのカーテンが、まるで生き物の巣のようにブンブンと唸っていた。

「ドクシーだ。簡単な呪いで先日あらかた退治した筈なんだが……おそらくドクシークイーンが残っていたな。いつの間にか数が逆戻りしている」

 シリウスは困ったような雰囲気は見せず、カーテンを指して肩をすくめた。「ドクシーキラーを使うにも人手がいるから、業者を頼むまでこのままにしておくしかない」と諦めたように笑っている。気にしている風でもない。アズガバンと比べたら、この家の衛生環境は素晴らしいと言えるから気にしないのだろうとソフィアは思った。

「酷い家だろう、叫びの屋敷と住み心地はいい勝負だ。いや……向こうの方がいいかもしれない、母上が叫ばない分ね」

 ソフィアの顔に考えていたことが出ていたのか、シリウスは目をぐるりと回した。

「シリウスは昔ここに住んでいたの?」

 ソフィアは質問した。ガラス扉の棚からいくつか本を取り出し、シリウスはソフィアに手渡しながら片眉を上げた。

「16歳の頃に家を出たよ。それまでは息が詰まるばかりだった」

 シリウスのキラキラと輝く灰色の瞳が若干曇る。叫びの屋敷での出会いの時のようだ。これ以上この話をしたくないのだと悟ったソフィアは、手元の恐ろしく自己肯定感の高い魔法族が書いたらしき本――「自称占い者たち 穢れた血の出鱈目」、「夢の意味」、「影と霊」、「星と未来 ケンタウルスを言い負かす占星術」などどれも古びた本だ――へと視線を落とした。

「役に立つかは分からないが、少なくとも本はケンタウルスよりは明確に語る」

 視線を上げ、シリウスを見る。「本の場合、筆者の偏見と過信に満ち溢れてはいるがね」と付け足して、シリウスはウインクした。表情から先程の陰りは消えていた。

「君にみせたいものが上の階にあるんだ」

 取ってくるからさっきの部屋で待っているようにと告げるシリウスに、ソフィアは素直に頷いた。ソフィアに与えられた部屋よりさらに上には一体どんな部屋があるんだろうか。好奇心は疼いたが、ドクシーが巣食うカーテンを見た後では、この魔物の巣窟を歩き回りたいとは到底思えなかった。

 最初に案内された部屋は――なるほど、確かに先程の踊り場の部屋を見た後では、シリウスの言う「除菌」の意味が頷ける。全体的に寂れていることには違いないが、少なくともドクシーのような害虫の巣はない。

 シリウスを待つ間、ベッドに腰掛けて先ほど渡された本をパラパラと捲る。隅から隅まで見てはいないが、あまりソフィアの予知夢に役立ちそうな情報はなさそうだ。

 唸り声を上げながら小難しい言い回しの文章に頭を捻っていると、壁にかけられた絵のないカンバスからバカにしたような笑い声が聞こえた。絵の主はどこにいるのだろうと、部屋をキョロキョロと見回したが、ソフィア は見つけることができなかった。何も書かれていないのに、魂が宿る絵もあるのかとソフィア は驚いた。

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