▼ グリモールド・プレイス1
翌週、 ソフィアは大きなトランクを持ってリビングの暖炉の前に立っていた。炎に向かって煙突飛行パウダーを投げ入れると、炎がひときわ大きく燃え上がり、エメラルド色になる。
「グリモールド・プレイス12番地!」
目を閉じても、まぶた越しにエメラルドグリーンが爛々と光る。いつものぐるぐると回るような感覚に、ちょっとだけ気持ち悪さを感じた。
「 ソフィア! 旅路はいかがだったかな? ようこそ、我が家へ」
シリウスは茶目っ気たっぷりに笑いながら、 ソフィアを暖炉から出るのを手伝ってくれた。なにせ、 ソフィアはトランクを持ったまま煙突をくぐって来たので暖炉から出るのに一苦労だった。
「最悪よ、トランクが凄いぶつかるんだもの。明日はきっと青あざだらけだわ」
ソフィアはげんなりとした様子で言ってから、シリウスと握手した。かっこいい大人とのハグは、少し気恥ずかしくてできなかった。シリウスは、この夏で見違えるように生き生きとして健康的な姿になっていた。夢で見た、あの若い頃の姿のようだ。
「本当は、こんな陰湿な雰囲気の家ではなく別荘に招待したかったんだ。だが、手紙にも書いた通り貴重な書物はこの家に集結していてね」
シリウスは肩をすくめながら、 ソフィアに家を案内すると言って歩き始めた。トランクは勝手に浮いてシリウスの後ろをついていっている。
廊下に出ると、旧式のガスランプに明かりが灯り、はがれかけた壁と擦り切れた古いカーペットをぼんやりと照らしていた。天井は蜘蛛の巣だらけのシャネリアが輝いているが、照明器具としては機能していないようだ。
シャンデリアからランプ、燭台まで蛇の形をしている。ブラック家は純血だから、スリザリン出身も多いと聞いた。ウィーズリー家が代々グリフィンドール生であるのと同様に、彼らも代々スリザリン出身なのかも知れない。
「ホールでは、私の実の母の肖像画が酷く煩いんだ。くれぐれも起こさないよう、静かにするよう気をつけてくれ」
唇に手を当ててからシリウスは静かにホールを通り抜け、階段を登った。屋敷しもべ妖精の首がずらりと並んだ廊下で、 ソフィアは思わず悲鳴をあげそうになった。まるで飾りのように並んでいる。
踊り場で、シリウスは右側の扉を開けた。
「ここが、君の滞在中の部屋だ。除菌に取り組みはしたんだが、この部屋を綺麗にするので精一杯だったよ。招待しておいてすまない」
寝室には、ベッドが二つ置かれ、天井が高い広い部屋だった。この家全体の埃っぽさとは唯一無縁の空間らしい。闇の魔法使いの家のような陰鬱とした家に無意識に緊張感で息を詰めていたらしい。ソフィアはやっと一息つけた。
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