▼ 夢の破片1
たくさんの美味しい食事と生徒のざわめき、いつも温かな幸せで満ち足りていたホグワーツの大広間は、当時の姿を思い出せないような凄惨な事故現場のようだった。
大男が放った呪文で、まるで雪崩のように大広間の天井が崩れ落ちた。防御魔法で瓦礫は弾いたが、飛んできた破片でソフィアのほほに一文字の切り傷ができた。
見渡せば、ギリアンやレティ、マルタ、他にも沢山生徒も教師もいて、みんな満身創痍だった。無闇矢鱈に放たれる呪文にたまに当たりそうになってはトンクスやルーピンがフォローしている。
何故、卒業して闇祓いになったトンクスや退職したルーピンがホグワーツにいるのだろうか。あの死神のような大男は一体誰なのだろうか。
湯水の如く疑問は溢れるが、そんなソフィアの内心は放っておかれ体は勝手に動いて呪文を繰り出している。
夢を見ているんだわ。
ソフィアは以前似たような体験を夢でしたことがあった。ダンスパーティーでセドリックと踊った時の夢だ。現実味がないのに妙にリアルな夢だった。あの時も、意識は覚醒していたが体は勝手に動いていたではないか。
呪文が片目にあたり、たまらず跪く。ソフィア自身は痛みはなかったが、これが夢ではなく現実であれば絶叫していたことだろう。
さらに追撃で呪文が放たれたところを、ギリアンが前に出て弾いてくれた。
「泣くなよ!」
ギリアンが、顔は敵を見据えたまま、泣きじゃくっているだろうソフィアに対して怒鳴った。
「セド……セドがいてくれたら……」
泣きながらソフィアの口は勝手に動きだした。
「セドリックがいればなんて、どうしようもないこと言っても仕方ないだろ!」
ギリアンの叫びに、ソフィアは涙を拭って杖を持って前に出る。トンクスが下がっていなさいと非難めいた声音で叫んだ。
ソフィアは、先程のやり取りが何を意味するのか知りたくなかった。セドリックはいないのか、何故いないのか。考えたくないのに、どうしても考えこんでしまう。
セドリックのように勇敢さと誠実さを兼ねそろえた人間が、ソフィアを含めたハッフルパフの友人が多く残っている危険な場所に背を向けて逃げるとは考えづらい。
何か特別な理由でもない限り、彼は友達を見捨てて保身に走るような人間ではないのだ。
どうして此処にセドリックがいないのか。夢の中のソフィアが泣いているのは、果たして単純な痛みだけの理由からなのだろうか。
ソフィアの意識が彼方へと向かっていても、夢の中では時間は刻一刻と進んでる。
ソフィアは、トンクスやルーピンに続くように駆け出した。その時視界に、蹲るビルの姿もあった。悲鳴を上げて駆け寄りたいのに、ソフィアは必死に前を駆け、どこかを目指していた。
死神のような様相の敵達が次々と階段を登っていくのにも関わらず、ソフィアは跳ね返されてその場で尻餅をついた。背後から、スネイプとマルフォイが走ってくる。彼らも敵に追われているのかと思っていたが、スネイプは難なく階段の奥の方へと消えていった。
「ソフィア! 無茶をしないで! 復讐をする機会なんて今日だけじゃないの! 死んだら何もかもお終いなのよ!」
スネイプに続いて、自分も階段へもう一度向かおうとしたところをレティに引きずり戻される。アドレナリンが切れたのか、急にソフィアの視界がぐらつき、跪いた。レティも煤だらけで、あちこち怪我している。みんなボロボロだ。
ソフィアは、レティの言葉に泣きたくなった。ソフィアは親を死喰い人に殺されている。だからといって、それは赤ん坊の頃の出来事で、限界を訴える体に鞭打って死の恐怖に打ち勝つほどではない。
セドリックは死んだのか、もしくは後遺症が残るほどの傷を負わされたのかもしれない。平凡で臆病なソフィアが、こんなに必死になるなんてセドリックが理由としか考えられないもの。
絶望の奥底へと沈んでいくのとは反対に、夢からゆっくりと浮上する感覚があった。
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