immature love | ナノ


▼ 零れ落ちゆくもの5

「シリウス・ブラックなんていなかったわ、大丈夫よ」

  ソフィアはあやすように、出せる限り最も優しい声音で言った。フレッドは顔を覆ったままただ頷く。腕を伸ばして、彼の手を優しく剥がした。

「カッコ悪いよな……こんな朝から取り乱してさ」

 俺って本当はカッコいいのにと肩をすくめたフレッドは――まだ表情から固さが取れていない――いつもの調子を幾許か取り戻せていた。そのまま、 ソフィアが握っていた手を一度放させると、今度は逆に握り込んで自身のほほに当てた。

 温かい、いつも通り人より少し高めの体温は、外の寒さで悴んでいた ソフィアの手を温める。それどころか、温度差に火傷をしてしまいそうだとさえ思った。

「気になったのだけど、地図で私が森にいるのを見つけたのは偶然だったの? それとも――」

  ソフィアは言葉を続けなかった。眉を下げたフレッドの表情が正解を伝えていたからだ。動揺したように目が右から左へと、教室の黒板から後方の扉まであてもなく彷徨った。ショックだった。彼は幼い頃から――それはもうお互いの恥ずかしい過去も全て共有しているくらい―― そばにいるのに、信頼してくれていないのか、と。

「なんで監視するような真似を? 私のこと信用できない?」

  ソフィアの言葉に、口調に少しばかり「心外です」と言いたげな抗議の声音を察知したのかフレッドは一転して目尻を釣り上げた。顔が赤くなって、窒息してしまいそうであった。今や彼の赤毛と同じくらい赤い。

「 最初は態々チェックしようなんて思わなかったさ。そんな余裕無い真似したくなかったし、君を信頼してた。でも! 仕方ないだろ! 君とディゴリーが朝にこそこそ出かけるのを見たら! 何度も!」

 セドリックとは何度か朝に森に出向いてオツォに餌をやりに行ったことがあった。今日が初めてでは無い。そのことを指していたら、申し訳ないと思った。 憤りが見る見るうちに罪悪感へと変わっていく。ソフィア は申し訳なさで、胃の中は空っぽなのに色々吐き出してしまいそうだった。

「君を束縛なんてしたくないんだ、 ソフィア。でも、どんどん心が狭くなるんだぜ、自分じゃどうしようもないくらい」

 フレッドはごめん、ごめんと繰り返した。背の高い彼の身長が、まるで屋敷しもべ妖精くらいに縮んでしまったように ソフィアは思った。そして、何故今なのかは不明だが、以前見たパーティーの夢を思い出した。

 今、このとき彼の手を取らなければ、フレッドはアンジェリーナを選ぶ未来が待ち受けているのだろうか。 ソフィアがセドリックの隣にいても全く気にする素振りすら見せず、 ソフィアの存在丸ごとを道端の石ころのように扱うのだろうか。

「ごめんなさい、私ったら不誠実だったわ。親友といっても、あなたが不安になるなら一定の距離を保つわ」

  ソフィアは言いながら、まるで自分の首を絞めているような錯覚に陥った。 ソフィアにセドリックを少しでも恋愛的に思う気持ちはなかった。彼との時間はただただ居心地がよくて、安らげて、ただ引き寄せられるように1年生の頃からセドリックの隣を死守していた。

「フレッド……私にとって、あなたが一番大切なのよ」

 嘘だ。

  ソフィアは笑顔の裏で自分の欲深さを呪った。フレッドは恋人として、セドリックは親友として、 ソフィアにとっては彼らは天秤にかけるなんてできないほど、どちらもかけがえのない人だった。

「セドリックは親友よ、異性として見たことなんてないわ」

 本当に?

 彼の優しさに触れた瞬間が走馬灯のように脳裏をよぎった。ただの友人を、恋人と比較できないと思うのだろうか。少しでも彼にときめかなかっただろうか。 ソフィアは再び、パーティーの夢を思い出した。彼と共に踊った時を。無意識のうちに彼のことも想っていたのではないだろうか、だからフレッドはこんなにも過敏になるのではなかろうか。

「私、あなたさえいてくれれば他には何もいらないわ」

 口からベラベラと言葉は滑り出していく。 ソフィアは言葉とは別に、大切なものが――まるで手で掴み取った砂のように――こぼれ落ちていくような錯覚を覚えた。


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