immature love | ナノ


▼ 大きな黒犬3

  ソフィアが近寄ろうとしても、犬は逃げるでもなくじっと ソフィアとセドリックを見据えていた。まるで、どんな目的を持っているのか見定めようとしているかのようだ。動物の目とは思えないほど、理性が滲んだ、賢く澄んだ目をしている。

「 ソフィア、噛まれるかもしれないよ。余り近寄らないほうが……」

 セドリックの諌めるような声に ソフィアは首を振って答えた。一度犬から目を離し、振り返って自信満々の笑みを浮かべる。

「大丈夫よ、この前会った時に餌をあげたもの」

  ソフィアの自信に満ちた笑顔にセドリックは苦い表情を浮かべたが、犬が大人しくお座りしてまるで ソフィアたちを待っているような様子に納得したのか、肩をすくめて ソフィアの隣に並んで歩いた。

 犬は尻尾を振って ソフィアたちを待っている。いつのまにかクルックシャンクスは消えてしまっていて、犬だけが森の近くにいた。その犬はやはりグリムに似ている。しかし、 ソフィアはこの犬がグリムだとは思えなかった。セドリックも怯えた様子は見せない。

「この犬、誰かのペットなのかな。それにしては……」

  セドリックは言い淀んだが、 ソフィアは何が言いたいのか理解できた。毛並みはベタついているし、臭いもひどかった。だが、この犬がお風呂を嫌がるのは承知済みだ。

「セドリック、この犬をお風呂に入れてあげた方が良いと思うわ」

 セドリックは眉を上げた。承諾しかねるとでも言いたげな表情だ。 ソフィアは尚食い下がる。

「こんなに不衛生な状態じゃ、皮膚病になるかもしれないわ」

「だからって、寮のバスルームに連れていく訳にも行かないよ」

「監督生のバスルームよ! あそこなら滅多に人は来ないわ」

 目を輝かせる ソフィアにセドリックは不満げだったが、迷ったのち頷いた。セドリックにしてみれば、どこのバスルームだろうと同じ話なのだろう。ハッフルパフと監督生を天秤にかけて、ハッフルパフを大事としたらしい。確かに、監督生のバスルームは素晴らしいが ソフィアも頻繁には利用していなかった。

「でも、犬が素直にシャンプーなんてされるかな」

「そうなの、それが問題なのよ。前回も逃げちゃって――」

 ソフィアが振り向いた時、犬はもういなかった。もしかしたらお腹を空かせて ソフィアから餌を貰おうとしていたかもしれないのに、食べ物を持ってくるどころか風呂に入れようと画策しているのだから辟易したのかもしれない。 ソフィアは犬の浮いた肋骨を思い出した。

「今度はちゃんと肉を持ってきてあげなくちゃ」

「あの犬のことが気にかかるんだね」

 セドリックは形容しがたい不思議な表情で、犬がいなくなった場所を見つめている。犬が座っていた場所の草が僅かに押しつぶされている。

「大丈夫よ、セドに迷惑かけないわ」

「乗りかかった船だ、僕もあの犬の世話に付き合うよ。実は、犬を飼いたいって父さんに強請ったこともあったんだよ」

 明日の朝からで良いかなと笑うセドリックに ソフィアは思わず喜んで両腕を上げた。そのままハグしようとして、逡巡して下ろす。彼氏がいると、こういったときに酷く気まずい。変な表情の ソフィアにセドリックは笑うと、 ソフィアの腕を引っ張り抱きしめた。

「友情のハグも駄目になったのかな?」

 くすくす笑うセドリックの声に ソフィアは思わず耳まで真っ赤にした。これでは自分だけが意識してしまっているみたいではないか。

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