▼ 夏休み2
暗闇からゆっくりと引き剥がされるように、ソフィアは意識を現実に戻した。パチパチと何度も瞬きをして、上半身を起こすとゆっくり背骨を伸ばした。
ここはホグワーツでも、ましてやダンスパーティーの会場でもない。オッタリー・セント・キャッチポール村のはずれにある、煉瓦造りのアスター家の二階のソフィアの部屋だった。
部屋にある洋ダンスには、当然夢の中できていた華奢なドレスは存在しない。ソフィアはそのことに安堵した。
あの高そうなドレスは、アスター家の財産すべて投げ打たないと買えないだろう。あの夢が、予知夢でも正夢でもない何よりの証拠だ。
ソフィアはベッドの上に座ったまま思わずため息をついた。暖かい布団から抜け出して、這うように机へと近づく。
机の上には、何度も読んだせいで若干くたびれてしまった手紙が置いてあった。ソフィアは手紙を何枚か拾って目を通した。一枚目は、夏休みが始まってすぐ届いた手紙だ。
ソフィアへ
記念すべき、俺たちが付き合ってからはじめて送る手紙だ。心して読めよ。
あれから、毎日フェリックスフェリシスを飲んでるみたいな気分さ。
君のことがずっと好きだったから、まさか付き合えるなんて夢みたいだ。
これで堂々とソフィアを独り占めできるわけだ!
夏休みも沢山いろんな場所に出かけよう。
隠れ穴にもいつでも来てくれよ。どうせジョージと悪戯グッズの開発くらいしかすること無いからね。
こんなにワクワクする夏休みは初めてだ!
フレッド
ソフィアは次の手紙に目を通した。幼馴染の時からは想像がつかないほど、フレッドは筆まめで愛情表現がオープンだった。
ソフィアへ
昨日行った映画、まるで集中できなかったぜ。
隣で、映画に夢中になってる君が可愛すぎたせいだ。
スクリーンに映ってたマグルの女優より、よっぽど魅力的で輝いてるよ。
フレッド
手紙と一緒に、机に置いたままにしていた映画の半券をソフィアは大切に封筒に入れ直した。夏休み一週目に、フレッドの提案で三年生の頃イースター休暇ではじめてデートした時と同じデートコースを辿った時のものだ。
映画は同じものではなかったが、実のところソフィアも映画よりもフレッドに集中してしまっていたので関係なかった。
ソフィアへ
夢に君が出てきたんだ。
夢の中でソフィアが俺に会いたい、大好きだー!って言ってたんだけど、本当かい?
今日はジーンズ履いてこいよな。俺の箒の後ろに乗せてやるぜ! 絶景だぞ!
フレッド
この手紙がきた日は、ソフィアは箒に乗ってたまるかとスカートを履いて行った。
予想外にフレッドが拗ねてしまって、機嫌を直すためにアップルパイを焼いて届けなくてはならなかった。
ソフィアは次の一枚を見て、眉を上げた。
ソフィアへ
大ニュースだ!
パパが「日刊予言者新聞・ガリオンくじグランプリ」を当てたんだよ。七百ガリオンも!
この夏休み、家族みんなでエジプトに行くことになったんだ。
ソフィアと夏休み一緒に過ごせないのは本当に寂しいし申し訳ないけど、毎週君に手紙を送るよ。
ロンに新しい杖を買うんだから、俺が何度も国際便使うくらい許してくれるはずさ。
エロールじいさんに海を渡らせるわけにはいかないからな。誰かさんみたいに墜落しちまう。
フレッド
グランプリを当てた興奮からか、フレッドの字が躍るように跳ねている。ソフィアは、グランプリを当てるのにウィーズリー一家ほどふさわしい人たちはいないと思った。
机の上に、ドウェインから貰った「日刊予言者新聞」の切り抜きがある。紙面にはウィーズリー家全員の写真が載っていた。
九人全員が大きなピラミッドの前に立ち、思いっきり手を振っている。ビルやチャーリーまでいる。
ソフィアは次の手紙に目線を落とした。
ソフィアへ
エジプトの墓地ってマジでクールだ!
古代エジプトの魔法使いがかけた呪いって、えげつないよ。
墓荒らししたマグルたちがミュータントになって、頭がたくさん生えてきてるんだ。
生乾きのミイラが動き出した時は、見ててゾッとしたね。
骸骨の一つくらいソフィアに送りたかったんだけど、ジョージに止められたよ。貰ったら嬉しいよな?
フレッド
この手紙を最後に、ソフィアに手紙は届いていない。毎週手紙を送るという約束も果たされていなければ、寂しさも申し訳なさも感じさせない、楽しそうな手紙を最後に音信不通だ。
ソフィアはむすっとした表情で唇を突き出した。フレッドが手紙をくれないせいで、今朝のような夢を見たに違いない。
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