蜜に触れる卒業式



「しのぶ先輩! もしよろしければ俺とタイを交換してくれませんか!」
「いや、僕と交換してください! 以前応援していただいたんですけど――」
「私だって”一番応援”してもらったのよ! それに1年の時の校歌指導で班が一緒っていう接点もあるんだから!」

 ぎゃいぎゃいと騒がしい人だかりの中へ割り込むと、真ん中ではミスキメツ・胡蝶しのぶ先輩が多数の後輩や同級生によるネクタイ交換の言葉を躱していた。それにしても、さすが学園一の美少女。躱し方も心得ているらしく、私が割って入る必要もなかったみたい。むしろ周りの人からの目線が痛い。少したじろいだけれど、自分の左腕についている風紀委員の腕章に触れる。しわを伸ばして声を張り上げた。

「胡蝶先輩に御用の方、他の生徒の通行の妨げになっています。解散してください」

 風紀委員の腕章は効果抜群。既に交換を断られた人や後ろで声を上げていた人が徐々に立ち去っていく。あっという間に廊下の人だかりが消えて、代わりに立ち往生していた在校生や教室から出られなかった卒業生が廊下へ現れた。ここ数年、ミスキメツやミスターキメツに人が群がることが常習化していて、風紀委員会はそれを解消するのと、卒業式を終えた後にたまに起こる卒業生を交えた乱闘を抑える等の役割を担っている。ひと仕事、それも一番重大なミッションを終えた。あとでココア飲んで自分をねぎらおう。

「風紀委員長の方ですよね」
「えっ、あ、はいっ! そうですっ!」

 ふいに胡蝶先輩に声を掛けられて、背筋が伸びた。胡蝶先輩が私に話しかけている。笑いかけてくれている。ひょっとしたらすごく特別なことなのではないか。いや彼女のタイに興味はないんだけど。そもそもきっちり結ぶのにすごく時間がかかってしまうから卒業生を送る側であるうちはお断りするんですけど。

「ありがとうございました。噂話は聞いていたんですが、いざ体感してみると驚きますからね」
「ああ……私も結構驚きました。足を踏まれたりなどは」
「いえ、大丈夫です。……あ、少しよろしいですか?」
「えと、はい」

 了承の言葉と同時に、首元に胡蝶先輩の手が伸びてくる。

「タイが曲がってましたよ。さすが風紀委員長なだけあって十分すぎるほどしまっていますが」

 それでは、ごきげんよう――

 部活の後輩からだろうか、大きな花束をふたつも抱えた胡蝶先輩が昇降口へ向かう最短経路の階段を降りる。胡蝶先輩目当ての在校生が彼女の後を追うのを手で制した。

「この階段は卒業生専用ですので、在校生の皆さんはお下がりください!」

 そう言うと皆悔しそうな顔をしながらも引き下がる。ここの階段の係の子はどこだろう。見当たらないから帰ってくるまでここにいることにしよう。
 時折訪れる卒業生にご卒業おめでとうございます、と声をかけていると、遠くから我妻くんの叫び声が聞こえてきた。確か彼は中庭の見張り係だったっけ。喧嘩が起こることで有名なそこを引いてしまうなんて、彼の風紀委員生活は最初から最後まで不運尽くしだ。
 あとで怪我してないか見に行こう。



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