風紀委員会活動日誌 | ナノ


5/19 渋川千夏 その2

「いらっしゃいませ。……あら、炭治郎さんに善逸さんでしたか。それと……そちらの女性ははじめましてでしたよね?」
「え、えっと、はじめまして。渋川千夏です。二人の同級生で……あ、クリーム白玉あんみつをひとつください!」
「少しお待ちくださいね。お二人はどうなさいますか?」

 定食屋の看板娘――神崎アオイという名の同級生――と二人は顔見知りらしく、注文する間も親しげに話している。思っていたより店内の雰囲気は明るくて、これなら確かに一度入ってしまえば抵抗はなくなりそう。
 アオイさんが持っていたあんみつを運んだ先に座っているのは、もしかしてミスキメツの胡蝶しのぶ先輩だろうか。近くで同じ空気を吸うのが畏れ多い。毒姫なだけあってもしかして空気中に微量の麻薬とか撒いてないかな。怖い。

「炭治郎君、善逸君、こんにちは。そろそろ混みあい始める時間ですし、こちらのテーブルに来ませんか?」
「そうですか! そうですね、もうじき夕飯時ですしご一緒させてください!」

 胡蝶先輩のお誘いに竈門くんが瞬時に返事を返してしまった。畏れ多いし怖いし逃げたい。明日下駄箱にカッター仕掛けられてたらどうしよう。胡蝶先輩の親衛隊ならやりかねない――なんてことを考えているうちに、いつの間にか空いている席は胡蝶先輩の隣だけになっていた。背筋が伸びる。……もしかしてなにかやばげな薬を空気中に撒いてるんじゃなかろうか?

「そちらのお嬢さんには自己紹介がまだでしたね。私は胡蝶しのぶ。キメツ学園の高校三年生です」
「あ、ぞ、存じ上げています……お隣失礼します……」

 至近距離で見る微笑みは殺傷力が高い。そうこうしているうちに何人かお客さんが入店してきて、腹をくくって胡蝶先輩の隣に座った。さっきまで伸び切っていた背筋はどんどん猫背になっていく。

「それで――渋川さん、でしたっけ。あなたのお名前を聞かせていただけますか?」
「わ、私は渋川千夏と言います、我妻くんと竈門くんのクラスメイトで、今年の風紀委員長です」
「千夏さんというんですか。風紀委員長ということは、善逸君と委員会が一緒なんですね」
「ええ、私が委員長で我妻くんが副委員長を務めています」

 口がすらすらと言葉を吐きだす。丸まった背中はまたぴんと張っていた。やっぱりなにか撒いてるに違いない。
 三人に断ってお品書きをじっくりと眺める。定食屋というだけあって定食メニューも豊富だけど、学生に人気! と書かれているのは大半が甘味か単品の揚げ物だ。しかも甘味は種類が多い。甘味パラダイスだ、これ。また二人に連れてきてもらおうかな。
 お品書きを机に置いて正面に目をやると、お昼のげっそりとした顔つきは何処へやら、我妻くんのでれでれとした顔が目に入った。どうしたのかな、と思えば、机の上で我妻くんの手に胡蝶先輩の手が重ねられているところだった。

「頑張ってください、善逸君。一番応援してますよ」
「ハイッ!!!!!!!!!!!! この善逸めにおまかせください!!」

 斜め前に座る竈門くんも我妻くんの肩を叩いて笑っている。竈門くんの言葉が耳に入ってそのまま流れていく。……私だって、我妻くんが風紀委員やってくれてよかったと思ってるし。我妻くんの風紀委員としての頑張りなら、私の方が知ってると思うし。竈門くんと逆側の斜め前を見ると、あんみつ二つとアイスコーヒーが乗ったトレーを運んでくる神崎さんと目があった。竈門くんの前にアイスコーヒーを、残りの二人の前にあんみつを置いた神崎さんが、こっそり我妻くんに耳打ちする。こっそり聞き耳をたてた。

「――今月に入って、しのぶ先輩に一番応援された方は善逸さんで十三人目です。ですから――」

 今月だけで十三人。
 その人数を聞いても、我妻くんのうきうき気分は墜落することなく嬉しそうにへらへら笑っている。竈門くんも聞こえていないのかにこにこ笑顔を崩すことはない。
 やれやれ、と言うように嘆息した神崎さんに「いただきます」と声をかけて、あんみつを口に入れた。程よい甘さだと感じたけれど、美味しいかどうかはわからなかった。

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