4/10 渋川千夏
負けられない戦い――そんなものが少年漫画以外にあるとは思っていなかった。握りしめた拳が、ぷるぷると震える。そしてそれは対峙している同級生とて同じである。どうやら隣で行われていたもう一方の戦いが終わったようで、私たち二人を取り囲むギャラリーの数が増えた。ざわつく周りをよそに、私は腕を振り上げる。彼女も握った拳をそのままに、振り上げた。私と彼女、どちらが発したのかわからない声が、騒がしい部屋の空気を切り裂いた。
「最初はグー! じゃんけんぽんっ!!」
彼女は突き出した拳を突き上げ、勝利に打ち震える。
私は――頭の中で描いていたこれからの楽しい高校二年生像ががらがらと崩れていくのと共に、がくりと地面に膝をついた。
休み時間になった瞬間にダッシュで自販機へ向かう。こんな日はココアを飲むほかない!
ダッシュで購買部へと向かう。とはいえ購買では愛飲してる紙パックのココアは売ってないので、足が向かうのはその横にある自販機である。お財布を開けて百円玉を握りしめる。そして、目当てのココアが売り切れていないかを確認――
「……なんで売り切れてるのさぁ……」
――したところ、ココアのボタンには売切のに文字が赤く光っていた。なんかもう、踏んだり蹴ったりって言葉がこれ以上似合う日はないくらいだ、なんて思う。
がくりと力の抜けた体を、自販機に手をついて支える。代わりにカフェオレでも新規開拓してみようかと百円を入れる。
「……あの、渋川さん?」
カフェオレのボタンを押そうとしたところに、後ろから声を掛けられた。なんだこの泣きっ面に蜂みたいな感じ。もしかして今日の星座占い最下位だったの? 寝坊して見そびれたのが悪かったのか。振り返ると、派手な金髪。
「我妻くん、なんか用?」
「あ、いや……用ってわけじゃないんだけどさ」
我妻くんはそう言って、手に持っていた何かを差し出してきた。
「ココア、俺が買ったのが最後だったみたいで……ほら、渋川さんっていつもココア飲んでるじゃない。だからその、交換しない?」
「いいの!? じゃあ我妻くん、どれがいい?」
「えっと、いちご牛乳で」
いちご牛乳なんてかわいいものを飲むんだな、なんて思いながらボタンをぽちっと。ガコンと音を立てて落ちてきた紙パックを我妻くんに渡した。
「我妻くん、ありがとね」
「えっ!? いや、ど、どういたしまして」
渡されたココアはまだ冷たくて、急いでてよかったな、だなんて思った。
「そういえば渋川さんも風紀委員なんだよね」
「あ、我妻くんも風紀委員なの?」
「そうそう。なんかハズレ引いちゃったよどうしよう! って感じだよな」
「冨岡先生怖いしね。我妻くん体育のときによく怒られてるんでしょ?」
「そうなんだよ! この髪地毛なのにさあ!!」
女三人寄れば姦しいとは言うけれど、我妻くん一人でもだいぶ騒がしい。でも、そんなに悪い人ではないように思えて、ちょっと――ほんのちょっとだけ、これからの一年が楽しみに思えた。