風紀委員会活動日誌 | ナノ


7/21 我妻善逸

 この辺の町会が担当する屋台には、先生とかクラスメイトの家族がいたりする。……そう、今並んでいる焼きそばの屋台もだ。大きな鉄板で大量に作るから、若くて力のある人がいなきゃ難しいだろうし、それはまあそうなんだろけど。
 いや、でも、ほら。

「杏寿郎、まだか!」
「もうすぐ出来ます!」

 ……さすがに煉獄先生とそのお父さんは、ちょっと、こう。
 渋川さんはと言えば思いがけず煉獄先生を見ることができたと喜んでいて、ついさっきまで取り返そうとしてたビニール袋のことなんか忘れたみたいだ。別に重くなんてないし、なによりさっき相変わらず柔らかくて女の子の手だなあって感じの渋川さんの手に触れたし、あれはもう手を繋いだとイコールでしょ!? それに普段と違う髪型、見られると思っていなかった浴衣姿、待ち合わせ場所で声を掛けられた瞬間心臓が口から出るかと思った。いやこれもう完全にデートだよね? 浴衣デートだよね!? 俺浴衣じゃないけどさあ! もう渋川さんってばなんで教えてくれなかったの……って、今日急に着せられたって言ってたっけ。なら仕方ない。それにしても、渋川さん盆踊りとか踊れるんだ。なんか意外だ。ああでも浴衣着てると確かに踊ってそうな感じもする。帯に挿してある朝顔柄のうちわとか、着慣れてそうな感じで。もうちょっと早く来てたら踊ってるところ見れたんだろうか。早起きは三文の徳ってやつ? 今度から心がけよう。

「……誰かと思えば前に杏寿郎が連れてきた騒がしい方のガキか」
「もうちょっと言い方ないんですか!?」
「我妻少年か! この焼きそばは美味いぞ! 俺が保証する!」

 肉の脂が弾ける音、ソースの匂い、どれをとっても本当に美味そう。そもそも町会の屋台はどれも安いし値段の割に量もあっておいしいって評判だ。
 握りこんだ百円玉を煉獄先生のお父さんに渡した。

「1パックください」
「百円ちょうどだな。隣の嬢ちゃんは?」
「へ? ……あ、焼きそばひとつください!」

 半袖の町会Tシャツをさらに腕まくりしている煉獄先生にでも見とれてたのか、ぼーっとしていて準備をしていなかった様子の渋川さんは慌てて普段のお財布とは違う小さめのがま口財布から五十円玉を二枚出した。煉獄先生のお父さんはそれを確認して、焼きあがるまで待っていてくれ、と恐らく俺たちの後ろの人たちにも向けて大声で言った。
 ソースが弾ける音が止んで、鉄板の上の焼きそばがテントの奥に運ばれていく。奥で誰か別の人がパック詰めの作業をして、それから表に出てくるんだろうなあ――と思いながら、つかの間の休憩というように2Lのペットボトルの中身を飲む煉獄先生を見ていた。
 ペットボトルにつけていた口を離してふたを閉めて、煉獄先生の目が俺たち二人を捉える。

「渋川少女! 奇遇だな!」
「えっ、はい、こんばんは! 煉獄先生も町会のお手伝いしてるんですね」
「そうだ。最近は人手不足と聞いてな! 渋川少女も、盆踊りが上手だな」
「あ、ありがとうございます……」
「それにその浴衣もよく似合っている!」
「へっ……」

 浴衣姿を褒められた瞬間に――いや、正確に言えば煉獄先生が盆踊りのことを口に出したときから徐々に渋川さんの顔が赤らんでいった。
 そういえばそうだ、渋川さんはずっと煉獄先生のファンで、恋愛的な意味ではないとはいえ煉獄先生のことが好きだってことはずいぶん前から知ってたことじゃないか。なのに煉獄先生にそんなこと言われたらそういう反応するのが、……俺にはそんな顔向けてくれなかったのに、なんで――
 っていや俺渋川さん本人になんにも言ってないじゃん!! 浴衣姿がかわいいとか、似合ってるとか、待ち合わせ場所で声を掛けられるまで渋川さんだって気付かなかったとか、そういうこと何一つとして本人に伝えてなかった! 何を勝手に言った気になってるんだ、俺!!

「焼きそば2パック、待たせたな」

 袋の節約だろうか、まあ二人とも食べて帰るんだから一つの袋にしちゃった方が資源の節約だ。そうこれはエコのためで、俺はどうしようもないやつで、だからなんでもなくって――

「我妻少年、渋川少女! 休暇中の心得を守った上で、いいデートをな!」
「へっ、いやあの、デートとかじゃ――」
「後ろの人もいるんだからさっさとどっか行け」

 先生のお父さんの言う通り、後ろの人がまだかまだかと言っている。その声が聞こえないのか放心しっぱなしの渋川さんの手を引いて列から列を抜け出した。

「……っごめん、渋川さん!」
「え、あの、えーと……私こそ、ごめん……」
「とと、とりあえず食べれる場所探そう! 出来立てのうちに食べた方がおいしいと思うし!!」

 休憩所……は人がいっぱいで、しかもなんか盆踊りの太鼓を叩く人の控室代わりになっているみたいで使えそうにない。普段通りベンチとして使える座席は満員で、近くで空くのを待って立っている人だっている。公園の中だと、ブルーシートなしに座って食べられる場所なんてなさそう。とはいえそんな広場は既に人でいっぱいで、もしブルーシートを持ってきてても今からスペースを確保するのは難しそうだ。

「公園の外、行こっか」
「……そうだね。人も、多いし」

 握ったままだった彼女の手に力が入って、さっきより、いや今まで握った手の中で一番、目の前の女の子の温度を感じた。思わず握り返してしまった手に、渋川さんの肩が震えた。

「……そろそろ揚げパン返して」

 するりと袋を奪い取られて、早く行こうよと数歩先へと踏み出した渋川さんの背中を追う。多分向かってるのは河川敷の公園だ。
 人のいないところに行ったら、今まで言ってなかったこと全部渋川さんに伝えよう。そしたらきっと俺だって、さっきの煉獄先生に見せた顔を正面から見られるはずだから。

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