7/14 渋川千夏
廊下に張り出された試験の成績優秀者の名前と、そこそこの長さの校長先生の話とかなり長い冨岡先生の話を聞いた終業式と、待ちに待ったような見たくなかったような成績表とをやり過ごして、ようやく私達に夏休みがやって来た。そのまま普段より軽いカバンを持って、いつもの橋まで二人で歩いた。
「じゃあまた、二時半にここ集合ね」
「うん、また後で」
三時からの竈門くんの誕生会にお呼ばれしたので、それなら一緒に行こうか、となったわけだ。誕生会と言ってもいわゆるパーティーではなくて、パンを買った上で竈門くんにおめでとうと言った人にケーキみたいなパンを配るんだとか。チョコかな、生クリームかな、もしかしてカスタード?
……まあ、別にかしこまった場じゃないし、普通に普通の服でいっか。うん。
暑いし我妻くんもゆっくり来るだろうと思って、集合場所に三分前に着くように家を出た。橋の上から黄色い頭が見えて、慌てて階段を降りる。
「待たせちゃった、ごめん」
「いや別に俺はこれっぽっちも待ってないというか今来たとこだし全然問題ないよ!? むしろあと一時間くらい待てるし!!」
「そんなに汗かいてて今来たは無理があるし一時間後には竈門くんが忙しいでしょ。ちょっと休む?」
「一刻も早く禰豆子ちゃんに会いたいなぁ……どんな暑さも吹っ飛ぶ可憐さ……」
「……」
微妙に噛み合わない返事に突っ込みをいれるのも嫌になって、後ろも横も確認せずに竈門くんの家に向かって歩き出す。話しかけてくる我妻くんは無視。
信号待ちで我妻くんのこめかみを流れる汗が目に入って、彼の奥に見える夜間用押しボタンを『お待ちください』の文字が消えるまでじっと眺めていた。
「いらっしゃいませ! って、善逸と渋川さんか」
店のドアを開けると、既に着替えた竈門くんが焼きたてのパンを並べているところだった。店の中は香ばしい匂いでいっぱいだ。
「炭治郎ー、誕生日おめでとう! 禰豆子ちゃんいる?」
「誕生日おめでとう。プレゼント買ってきたんだけど、渡すのは後での方がよさそうだね」
「二人ともありがとう! 禰豆子は裏でパンのデコレーションしてるとこだな。後で一段落したら顔を出すから、二人は外のベンチに座って待っててくれないか?」
慌ただしそうに手元のトレーに乗ったパンを棚に置いてあるトレーに移している。エプロンのポケットから『焼きたて』のポップを出してパンの値札にスタンドに挟んで、また別のパンを並べるの繰り返しだ。その手がハーフサイズの食パンのポップを取り上げたとき朝食べた食パンがラスト一枚だったことを思い出して、ドアを開けて外に出ようとする我妻くんに声をかけた。
「パン買ってくから外で待ってて」
「あ、じゃあ俺も明日の朝のパン買お。炭治郎ー、禰豆子ちゃんが手伝ったパンあるー?」
「カメロンパンとカニチョコパンかな。俺と一緒に顔を作ってた」
「よし、絶対禰豆子ちゃんが作ったやつ食べるからな!」
構えた銀のトングを鳴らしてカメとカニとのにらめっこを始めた我妻くんを横目に、自分のトレーに食パン一斤と五個入りのミニくるみパンを乗せてレジに置く。レジ横に並べられたクリームパンのクマと目が合って、せっかくだしとそれも取ると、パンを並べ終わった竈門くんがレジに入って会計をしてくれた。レジ打つの速いな、馴れてるんだろうな。
「食パンは何枚切りがいい?」
「五枚でお願い」
「わかった。後で持ってくから、外で待っててくれ」
クマのクリームパンとくるみパンだけ先に手提げ袋に入れてもらって、まだカチカチやっている我妻くんより先に外のベンチに座った。子供なら三人くらい座れそうな大きさで、もちろん端から詰めて座るべきだろうから、金属の肘掛けと反対側に荷物を置く。クリームパンを食べようか、いやでもこの後パン貰うし……。
「渋川さん、今日は来てくれてありがとう。これがおまけのパンで、こっちが食パン」
先に受け取ったパンの袋の口に触れたタイミングで、竈門くんがパンを二つ持ってきた。五枚に切ってもらった食パンは袋にしまった。ちょっと冷たい小さな白い立方体のパンはすぐ食べるだろうし、そのまま手に持っていよう。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう。……我妻くんは?」
「選ぶのにまだ時間がかかりそうだったな」
「みんな同じ顔に見えたけどなぁ……」
そこまでして妹さんが飾りつけをしたパンが食べたいのか、と多数のパンを威嚇する姿を思い返しながらつぶやいた。そういえばクマは妹さんが手伝ったわけじゃないなら、竈門くんが顔をつけたんだろうか。
「飲み物が必要なら持ってくるよ」
「大丈夫、一応ペットボトル持ってきたから」
「そうか。今日は暑いもんな」
「そうそう。じゃあ、いただきまーす」
ジジジジジ、と鳴くセミの声も、夏本番に向けて温存していてまだまだ小さい。
いつやってくるか分からない我妻くんなんて待ってないで、パンにかじりついた。