7/7 渋川千夏
「竈門くんが言ってた夏限定の甘味って、このあんみつかき氷ってやつ? 私これにしよーっと」
「そうだよ。俺も食べたことないし同じのにしようかな。善逸は決めたか?」
「俺はいつも通り普通の白玉あんみつにするよ。炭治郎あとで一口ちょうだい」
ここのところ暑いし、限定ってのも気になるし、せっかくだから頼んでみよう。かき氷、頭がキーンってするから普段はあんまり食べないんだけど、ここのなら大丈夫な気がする。
「あら、いらっしゃいませ。テストお疲れ様です。ご注文はお決まりですか?」
「あんみつかき氷を二つ、白玉あんみつを一つでお願いします」
「かしこまりました。お冷やはいつも通り、二杯目からはセルフサービスでお願いしますね」
みっつ置かれた水の入ったグラスには大きめの氷が浮かんでいる。私の前のグラスに口をつけると冷たい水が喉を通っていった。
「宿題もう出てる科目あったっけ?」
「数Bの最後の授業で配られたプリントがあったから、とりあえず答案返却まではそれをやるといいと思う」
「あー、そういえばあったね、五十枚くらいあるやつ」
中三の頃の数TAからついこの前やっていた分野まで、高校数学の総復習のようなやつだった。試験勉強がてらやろうと開いたら懐かしい式やらなにやらが並んでいたのは一昨日の夜だったかな。
「渋川さんって夏休みなんか用事ある?」
「お盆に帰省するくらいかな。勉強会でもやる?」
「勉強会ってより……こう、遊びに行ったりとかさ!」
……遊びに、かあ。
「遊べるのは今年までだぞーって、どの先生も言ってくるもんなあ……」
「そうそうそれそれ! こうさぁ、海はちょっと遠いけどプールとかお祭りとかさあ! どう!?」
「うーん……竈門くんは?」
「俺か? お祭りは屋台を出すから行けないけどプールなら行けそうだな。日にちは早めに教えてくれると助かるかな」
「え、再来週の? 屋台出すの?」
「ああ。俺と禰豆子も手伝うから、二人もよかったら来てくれ」
「竈門くんちのパンおいしいもんねー。買いに行こっかな」
「いやそうじゃなくてね!? 確かに炭治郎のとこの屋台俺も行きたいし行くけどさぁ!」
我妻くんがバン、と机をたたいて身を乗り出してきた。……まあ、話をすり替えた自覚はある。思わずっていうか、返事に困っていうか、とにかく返事をしないでいるとその答えが致命傷になりそうだと思ったから、適当にお茶を濁したんだけど。
……いや、だってさ、二人? 二人でプールとかお祭り、何でもない人は行かないじゃんそんなの。頭からっぽにしてその誘いに乗れるような人間じゃないんだから、私は。
「だからさ! 一緒にお祭りに――」
「あ、ごめん、親から電話だ。ちょっと出てくる」
「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
スカートのポケットの中で、親からの電話のパターンで振動したスマホにこれ幸いと席を立った。お盆を脇に抱えて歩く神崎さんと目が合う。
「電話が済んだら声を掛けてください。千夏さんのかき氷はそのあとに用意するので」
「わ、ありがとうございます。すみません」
でもあんまり待ってもらうわけにはいかないもんね。急ぎ足で店の外に出て画面をスライドする。お母さんの方だった。
「はい、千夏です」
『テストお疲れ様。お母さんね、今日帰りが遅くなっちゃうから、夕飯はなにか買うなり作るなりしてね。お母さんの分はいらないから』
「わかりました。じゃあお母さんも、仕事がんばって」
電話を切って、誰も座っていない順番待ちの長椅子に座った。20秒足らずの電話、我妻くんへの返事を考えるには短すぎた。どうしよう、……本当にどうしよう。
あれはなんなんだ、いやどういう思考してるんだ。何を考えてたらあんな感じで公共の場であんなこと言えるんだ。我妻くんのことだから案外女の子と出かけられたらラッキー以上のことを考えてないのかもしれないけど。けど! そうじゃなくって!
……まあ、竈門くんを交えてならいっか。深いため息を吐いた。スマホが電話を終えてから1分と少し経ったくらいという時刻を教えてくれた。
「……ごめん、あのー」
「あ、電話は終わったんですね。かき氷をお持ちします」
席に戻ると、二人の前には注文したものが置かれている。我妻くんを睨め付けてスタスタと奥へ引っ込む神崎さんを見送って席に座った。
「……我妻くん、神崎さんに何言ったの?」
「そうだ渋川さん! 渋川さんはさ、どんな男にならチョコあげようと思う!?」
「は? え、なにチョコ? どうしたの急に」
「もうこの際なんでもするからバレンタインの日にチョコをおくれよ! 三倍どころか十倍にでもして返すからさぁ!! 頼むよ渋川さん、渋川さんだけが希望なんだよ!」
「待って、話が全然見えないんだけど。え、なにこれ竈門くん」
神様にお祈りする勢いで迫ってくる我妻くんに、思わず隣の竈門くんに助けを求めると、彼はかき氷を食べるのを止めて我妻くんをなだめて落ち着かせてくれた。……手慣れてるなあ。
「善逸がさ、バレンタインにチョコが欲しいから今年は女子に異性の好みを聞こうって言い出して」
「なるほどね……」
……って、まだ七月なのに!? さすがに気が早すぎない?
「……欲しいなら、友達にあげるついでに我妻くんのぶんまで作るけど」
「えっ本当に!? これで俺の人生初女子からのチョコが約束された! しかも手作り! よっしゃあ!!」
「え、いや、そんなに喜ばれるようなものじゃないんだけど」
「なに言ってるの女子からのチョコだよ!?」
「それを渡すの私だよ!?」
「……千夏さん、お待たせしました。それと、善逸さんの言うことにわざわざ親切にすることはないですよ」
テーブルに置かれたあんみつかき氷は、抹茶色のかき氷の上にフルーツやあんこやアイスクリームが乗っているものだ。見るだけで涼しくなるような見た目。食べる前からわかる、これ絶対おいしい。
「ありがとうございます。別に、ちょっと多目に作るくらいなので問題ないですよ」
「そうですか。千夏さんがいいならいいですけど、基本的に店の中ではそういった声掛けは禁止ですからね。次やったら出入り禁止にしますよ、善逸さん」
「そ、そうやって怒ることないじゃないか……ふたりとも知り合いなんだしさぁ!」
「……いただきまーす」
確実に神崎さんに分がある言い争いを聞きながら、溶けないうちにとかき氷を口に運ぶ。抹茶味の苦い氷と甘いバニラアイスのバランスがたまらなく美味しかった。