チョコレイト・カバード・ラブコメディ
『思いは言わなきゃ伝わらない――いつもはそうかもしれない』
『でも、この日だけは特別』
『いつも言っているあなたも、普段は言えないあなたも』
『――大切な、あの人に』


 駅近の大通りの巨大ビジュアルに映るのは、小さなチョコレートの箱を持った自分だ。セリフのニュアンスがどうだかって何度もNGテイクを積み上げてようやく出来上がったCMで、今日までの一週間この大きなスクリーンで流されているのを一目見ようとここまで来た。
 大切なあの人。劇団のみんなは公演の最中だから、夜公演の時に差し入れとして持っていく。劇団内にチョコ嫌いはいなかったから。
 スターズのみんなには、事務所に箱で置いてある。足取りが掴めないことも多いから、会いに行くよりはその方がいい。
 ああ、それとあとひとり。大切なあの人。カバンに入れた大きな箱のチョコとは別にもう一つ、紙袋に入れたそれを渡す相手。今日が誕生日で、事務所宛によく誕生日プレゼントとチョコレートを一緒にした豪華な箱たちを貰っている人。

「……待ち合わせ、急がなきゃ」

 また別のCMが流れ始めたスクリーンに背を向けてさっき通った道を急ぐ。お互いあまり待ち合わせ場所に早く着くことはしないけど、できれば彼より先に着いていたいから。


 有名な待ち合わせスポット――から少し離れた場所。帽子に眼鏡にマスク、端から見たら不審者だけれど、誰もが彼の目を見たら黙ってしまうだろう。壁にもたれたりせず、姿勢良く立っているアキラくんを見つけた。

「お待たせ。……また先にいる」
「いや、僕もさっき来たばかりだからね。それじゃ行こうか」

 足早に歩き始めるアキラくんの方が少しだけコンパスが長くて、少し駆け足になった。カバンの中身は踊らないように。私の心は踊っている。
 目的地は駅から徒歩数分の大きな劇場で、家族が所属する劇団の公演が行われているところだ。開場時間までは少し間があるから、前に薦められた半個室の喫茶店でお茶をする算段を立てていた。席料は口止め料。運ばれてきたポットサービスの紅茶を一杯注いで、注ぎ終わった後の揺らめき一つない水面を見ていた。

「劇団オリジナルのラブコメディのミュージカル、か。名前君は出演したことは?」
「ひとことふたこと喋って歌って踊るくらいなら、ね」

 それなりに高い評価を得ている演目ではあるし、客席から見たことも何度かある。ストーリーで言えば一、二を争うくらい好きで、結構セリフも覚えている。ケーキに口をつける。さっぱりめのクリームが紅茶に合っていておいしい。

「結構ドタバタで、ここの劇場がどうかはわからないけど客席にまで出てきたりとか、楽しいよ」
「それは楽しみだ」

 期待とケーキと紅茶でお腹を満たして、いざ劇場へ。久しぶりに見る舞台は楽しみで、その楽しさもアキラくんが隣にいるからだ。


 風が冷たい。劇場で火照った体温を冷やしてくれる外気は、やっぱりまだ2月であることを認識させてくれた。迎えの車が来るまでの時間がどうにも長い。

「どうだった?」
「想像以上に楽しかったよ。特に客席まで演者が降りてくるのとか、端の席だったからかハイタッチされたし。名前君に気付いて驚いていたようにも見えたが」
「それはアキラくんにじゃないかな」

 いずれにせよ、楽屋に届けるようにお願いしたチョコの箱は無事に届いたようで今しがた母から連絡が来た。さっそく箱を開けて品定めしている主演女優と、真っ先にかっさらっていく主演男優がばっちり写っている。

「ありがとう。今日は楽しかったよ」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。……それと、これ」

 紙袋から出した箱は、サイズも包装紙もそのままCMと同じ。

「大切な、あなたに――なんちゃって。誕生日おめでとう、それからハッピーバレンタイン!」

 差し出した箱に一瞬動きを止めて凝視された。片手で受け取ると、彼はそれをカバンにしまう。

「最近よく見るCMのあれかい?」
「そうそう。誰かにやってみたくって」
「よく撮れていたよ。こうして本人から受け取れたのが嬉しいくらいには」
「それはどうも、ありがとう」

 今日の午前にチョコレート手渡し会なんてのをやっていたけれど――大切なあなたに、なんて言ってない。誰かに言えて、言えた相手がアキラくんで、こちらも嬉しい。
 遅くまでうろつくわけにもいかないけれど、迎えの車には悪いけど、すこし渋滞にはまっててくれないかなだなんて思いながら、目の前を通る人達を一緒に眺めていた。
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