酸いも甘いも知りたくないの
(長編夢主がコロシアイ学園生活に参加していたらif(リクエスト)。いつにも増して感情移入が難しいオリキャラめです)



 眠れなかった。
 目を閉じて羊を数えても、数えるものを変えてみても、何をやっても上手くいかない。いつも以上に疲れてはいるはずなのに。ちょっと身体を動かしてこようと起き上がるのさえ億劫なくらいには。
 何も考えずに目を閉じると、あの映像が頭に浮かんで離れない。かと言ってこのまま何もせずに天井を眺めるのもなんだか癪だ。
 もう少し……ちょっとだけ、その辺の廊下を歩くだけでいい。疲れた身体に鞭を打ってさらに疲れてこよう。
 ベッドの上を転がって床に落ちるように降りる。立ち上がるために踏み出した足は思いの外しっかり動いて、なんだまだ身体の方は元気なのかと息を吐いた。参ってるのは精神だけ、ただしかなり消耗している――と現況を頭に留め置いた。
 ドアを開ける。夜時間には部屋の外に出ないようにと決め事をしたことだし、周りに人はいないだろう。ひとまず1往復してこよう。ドアの鍵をかける。かちゃりと金属が触れ合う音が廊下に響く。

 そしてそれと同時に、足音が聞こえた。

 私はドアに手をついた状態で静止する。誰だろう、私と同じで眠れないのかな。あんまり人に会いたい気分でもないし、通り過ぎてくのを待とう。耳を澄ますと足音の他に、何か金属が擦れる音が聞こえる。目を細めて音がする方を見る。人影だ。距離を勘定にいれると自分より背は高い気がする。ただ、そんなに高いわけでもなさそうだ。あっち側の部屋の人って誰だったっけ。ようやく顔と名前は全員一致したけれど、まだ部屋の並びは覚えてない。

「……殺してやる」

 風に乗って聞こえた声に、私は目を丸くした。
 なんだって? 殺す? 誰が誰を?
 目に入った赤色の髪は――超高校級の野球部員、桑田くんだったっけ。きらりと彼の手に握られた刃物が光る。あのくらいの大きさで凶器になるようなものなんて、包丁しか考えられない。

「……ねえ、何してるの」

 声をかけると、桑田くんは動きを止めた。

「苗字!? な、なんだよオメー、いきなり」
「包丁なんて持って、誰を殺しに行くの?」

 腹の底から出たような声に我ながら驚いた。ゆるりと口角が上がる。ゆらゆら、体が揺れる。ああ、私今歩いてるのか。意思とは無関係に歩く足は桑田くんの目の前で止まった。

「そんなに外に出たいならさ――私が、殺されてあげようか?」
「は……?」
「……どうでもいいんだ、外に出て知る現実なんて。というか知りたくない、あれが現実だなんて認めたくないの。眼前に叩きつけられるくらいならここで死んだほうがまだいいし、頭をちらつくのすら辛いからさっさと死にたいんだ」

 やけに芝居がかったセリフが、それに相応しい声で口から溢れ出る。ただそれは嘘であるような気は全くしない。……ああ、彼に殺されるのが一番の現実的な現実逃避なのか、口に出してしばらくしてようやく理解できた。だけど何故だろう、桑田くんは構えた包丁をすっとおろした。

「……えっと、桑田くん? 殺したいんじゃないの? 外に出たいんじゃ、ないの?」

 彼が握っている包丁をそのまま自分の腹に刺せるようにと上から握りしめようとした手が宙を浮く。見上げた桑田くんの顔が左右に揺れて歪んで見えた。……あ、違う。私が揺れてるんだ。ふらつく足取りで前に進んで、膝から崩れ落ちて彼の手に縋る。頭の中で拡大と縮小を繰り返す包丁を掴もうとした手は、結局掴めずに地についた。四つん這いになりながら、桑田くんの顔を見つめる。見上げる。ちょうど俯こうとした彼と目が合った。

「……なんなんだよ、舞園はオレのこと殺そうとしてくるし、お前は殺してくれって言ってくるしよぉ……」
「舞園さんが……?」

 そんな桑田くんの衝撃的な言葉で落ち着きを取り戻した。あ、でも言われてみれば確かにビデオを見せられたあと彼女が焦ったような声を出しているのは聞こえた気がする。

「……そんなに外に出たいなら言ってくれればよかったのにな」
「動機ビデオを見たあと外に出たいとかなんとか苗木に言ってたな」
「ああ、……中学が同じなんだっけ、あの2人」

 頷く彼を見ながら、立ち上がって深呼吸。今度はちゃんと足に力が入った。ぱしりと自分の頬を叩く。……冷静に考えたら、この状況結構まずくない?

「うーん……えっとね、桑田くん、私の部屋に来ない?」
「は? いやいやこんな時になんだよ!?」
「あ、いやそういうのじゃなくて事の仔細を聞きたいんだ、でも桑田くん包丁持ってるし夜時間は外に出ないようにって取り決めあるし、見つかったらまずいかなって」

 早口でまくし立てて、仕上げに桑田くんもそう思わない? とダメ押し。桑田くんはなるほどと手を打った。ドアの鍵を開けて、桑田くんを中に呼び込む。ドアを閉める前に周りを一応見回して誰もいないことを確認して、かちゃりと鍵をかけた。

「……お邪魔します」
「あ、包丁は机の上に置いといてもらえる? で、その椅子座って」
「おう。てかオレが掴める位置に置いといていいのかよ」
「むしろ殺してくれるならそれでいいよ。でも私の事は殺す気無いでしょ?」
「……たりめーだろ」

 肩をすくめながら自嘲気味に笑うと、彼の苦笑いが返ってくる。ベッドに腰を下ろして、正面に座る桑田くんの顔を見上げた。

「それじゃあ聞かせてもらえる?」
「ああ、つってもオレも大分混乱してて、どこから話せばいいのか分かんねーんだけど……」
「ゆっくりでいいよ、……私も、寝られなくて困ってたところだし」
「おう、ありがとな」

 そう言って、桑田くんは事のあらましを語りだした。私は時折相槌を打ちながら話を聞く。一通り終わったところでベッドに背中から倒れ込んだ。さっきまでの圧迫感を感じさせる天井は、脳内で描いた桑田くんと舞園さんのやりとりを映すスクリーンになる。あれがああなって、こう。そしてさらに進展して、で今に至る、と。今までの流れをざっと振り返ったところで、ベッドから体を起こした。

「……一回部屋に戻るところで冷静になりなよ」
「殺されかけて訳わかんねーのにそんな冷静になれる方がおかしいっつーの!」
「あー……まあそれもそうか」

 大きく息を吐いて、膝の上に置かれた自分の手に目を落とす。

「舞園さんってまだ部屋にいると思う?」
「あー……あの感触だと手首折れたような気がすんだよな。だからまだいるんじゃね?」
「……そっか、折れてたら包丁持てないか……」
「いや殺されに行こうとすんじゃねえよ! 明日オメーが死んでるの見つけたオレの気持ちを考えてみろよ!!」
「……さ、さすがに冗談だって」
「冗談って顔してねーぞ……」

 目の前で思いっきり溜め息を吐かれて、さすがに無神経過ぎたかな、と反省。それにしても、そんなに顔に出てたんだ。手の甲で頬に触れる。その冷たさで、また徐々に冷静になれる。

「……ともかく、私は一度舞園さんと話したいと思うよ。殺されるうんぬんは抜きにしてもさ」

 一方の主張だけ聞いて真実だと断定するのは馬鹿げているし、彼女の怪我を案じてもいる。なにより、アイドルとしての彼女に言いたいことができた。だから、私は舞園さんに会いに行かなきゃいけないんだ。

「ならいいけどよ。……あー、やっぱオレもついてくからな」
「え? 別に桑田くんには関係ないでしょ」
「別に、何が何でも言わせたいわけじゃねーけど、舞園もオレを殺す相手に選んだのにそれなりの理由があるんじゃねえかって。そんでなんかオレに否があれば謝るし、……あー、でも殺されそうになったの許せるかは微妙だな……」

 あ、それもそうか。彼女には、一応形式だけでも謝ってもらわなきゃ。形式だけじゃだめなんだけど、まあそこは今すぐじゃなくてもいい。

「……それじゃあ私もお礼くらい言ってもらお、偶然とは言え反撃食らいそうになったの助けてあげたんだし。しかも真夜中に、それも桑田くんだし」
「苗字、オメー今日なんかいろいろと辛辣じゃね!?」
「なんというか……今更取り繕ったところでどうにもならないかなーって……」

 フィルターを幾重にも掛けて、桑田くんの言うところの辛辣さ――毒と言う方が一般的か――を取り除くのだって疲れるんだ。彼女と違って、私は大衆から自分より自分らしい苗字名前を求められる人間でもない。なら、ほんのひとときくらいは。
 気を許したわけじゃない。ちょうどいい吐き出し口がそこにあるから。それだけ。そう言い聞かせて、また息を吐いた。

「あ、そうだ。包丁どうする?」
「苗字が持ってりゃいんじゃねーの。置いとくのもこえーし」
「なるほどねえ……それじゃあ持ってくことにするよ」

 包丁を受け取って、脱いでいたベストに包む。椅子から立ち上がって伸びをする桑田くんを横目にベッドから腰を起こした。のぼってきたあくびを噛み殺して、ぐっと握りしめた部屋の鍵に与えられた痛みで目を覚ませ。

「んじゃ、行くか」
「そうだね、行こう」

 二人で頷きあって、ドアを開けた。しんとした夜の空気が、頭を、身体を冷やす。ベストは脱がないほうがよかったかも。まあいいか、過ぎたことだ。
 ぺしりと左手で頬を叩く。覚悟は決まった。



(続かない)

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