午前二時の哀悼
「ねえ、レイ! わたしの里親になってくれる人がやっと見つかったんだって!」
「うるせえよ、こっちは本読んでんだ……って、え、マジで?」
「マジだよ大マジ。さっきママに教えてもらったんだよ! 多分今日の夜にみんなに伝わると思うの!」

 鼻歌を歌いながらるんるんと俺の周りでスキップする名前は、不意に跳び回るのを止めて首を傾げた。

「ってー、もしかしてレイってば寂しいの? ずーっと長いこと一緒だったわたしと離れ離れになるの!」
「んな悲しくねえに決まってんだろ、いつかみんな出ていくんだから」
「嘘つけー、だってわたしがもしレイに置いてかれたら寂しいもん」
「お前と一緒にすんな」

 ぺしりと本で頭を軽く叩くと、名前はオーバーリアクションで痛がる。おい、そんな強く叩いてないだろ。

「もー、背表紙で殴って痕残ったらどうすんのさっ!」
「角じゃねえんだし痕残るほど強く叩いてないから安心しろ」

 でも、だってー、と文句を垂れ続ける名前の頭を今度は本の表紙で叩いた。

「まあ、ハウスが静かになるのは寂しいかもな」
「ほら寂しいんじゃん!! レイってば素直じゃないなー」
「……だからうるせえんだって、いいからさっさとエマから逃げろ。そんなに捕まりたいなら呼んでやろうか?」
「今はまだ森の中でちびたちと追い駆けっこしてるから平気平気! んじゃあまた後でねー!」

 ぶんぶんと手を振って森に走る彼女の背中を見て、息を吐いた。そっと自分の首を撫でて、もう一回。

「……やっぱり、計画の見直しは必要か」

 4人で外に出るだなんて、無理だとわかっていたじゃないか。ノーマンとエマはフルスコアでも、名前は全然勉強ができない。運動はエマよりも得意な彼女がいれば、脱走も楽に行くと思っていたけれど。まあこれも仕方ない、か。
 ……だなんて。なんで俺は4人でだなんて明らかに無理な計画を立てていたんだろうか。頭のどこかで名前がずっとハウスにいるのは当然だと思っていたのか。

「確かに、寂しくなるな」

 だって名前は俺の記憶にある一番古いきょうだい、なんだから。寂しいなんて当たり前だ。森の奥に消えた彼女の首筋の、自分と一つしか違わない識別番号を思い浮かべて、ぽつりとひとりごちた。



「ねえ、レイ、起きてる?」
「……うるせえよ、他の奴らまで起きたらどうすんだ」

 隣のベッドから聞こえる声に、体の方向を変える。大方出発前夜だかでテンション上がって寝られない、とかなんだろう。気が済むまで話に付き合ってやろうか。

「レイはさ、寂しがってくれないの?」
「……は?」
「ちっちゃい頃からずーっと一緒だし、誕生日も近いし、もっと寂しがってくれると思ってた」

 ……馬鹿か、こいつは。寂しいと口に出しこそしなかったけど、言動自体はここ数日隠しきれてなかったと自覚がある程度には寂しがってるつもりなのに。直接言わなきゃ気づかないってか。

「……そりゃ寂しいに決まってんだろ」
「……ほんとに?」
「今ここで嘘吐く意味ってあるか?」
「えっと……その、わたしがうるさいから、寂しいって言っとけば静かになるって思ってるとか」

 普段働かせない頭をこういうときばっかり働かせんな面倒くせえ。そこは額面通り受け取れよ。

「……そっか、レイも寂しがってくれるんだ」
「悪いかよ」
「……よかった、嬉しいや」

 名前のベッドの毛布を隔てて笑い声が聞こえる。そういえばここに来る前も、こいつはいつも夜になると騒がくしてた覚えがある。その時も俺はこうしてぼーっとその声を聞いてるだけだったで、昔から変わらないな、だなんて感傷に浸って。

「ねえレイ、朝までお話しようよ」
「馬鹿、さっさと寝ないと明日に響くだろ」
「うえー、レイの意地悪ー。いいじゃんか一日くらいさー」
「……お前さ、寝不足の顔で新しい家族に会うつもりなのか?」
「……それもそうか、失礼だね。……じゃあレイ、おやすみなさい」

 布団を頭の上まで引っ張り上げて、視界を黒く塗りつぶす。そうしなきゃ寝られない、といつも言ってたか。でもやたら暑いことだ、どうせ数分もすれば蹴飛ばすんだろう。しばらくしてずるずるとやっぱり布団が地面に這いずりだすのが見えた。

「……風邪引くのは、もっと駄目だろ」

 掛け直してやろうと立ち上がった。そして布団を手に取ったところで、ふとある考えが頭をよぎった。
 ――これで実際こいつが風邪を引いたら、ここを出るのは風邪が治るまで延期されるんじゃないか?
 そんなことをすれば名前だけじゃなくてママに迷惑がかかるなんてことはわかっていた。数分前の自分の発言と思いっきり矛盾していることも知っていた。それに、きっと風邪を引いたところで数日しかここにいるのを引き伸ばせないのは分かりきってるじゃないか。
 湧き上がった欲望に蓋をして、三つ折りにした布団を名前の腹の辺りに掛けた。これならきっと蹴り飛ばすことはないだろう。起きているときは騒がしい声を発する半開きの口元に、そっと一つ口づけを落とした。彼女がよくやる、とびきりの親愛の情に、1日後の彼女への哀悼の意を添えて。

「……悪いな、お前のこと助けられなくて」

 眠っているはずの名前が、ゆるく微笑んだように見えた。
Back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -