ファング・ファン・ファン
(軽度の特殊性癖(年齢制限はない程度))


 今日はオレにとって過去最高の日と言っても差し支えないほどいいこと尽くめだ。

 最高なことと言えばまず、無事に希望ヶ峰学園に通うことになったことが一つ。クラスに見目麗しい超高校級の王女ことソニアさんがいたことがもう一つ。

 そして最後にもう一つ――これは今現在起こっていることだ。
 俺は今、超高校級の"矯正歯科医"鉄山優雅に呼び出されて彼女に与えられた研究所にいる。ついさっきまで苗字もいたけれど、少し席を外すと言って奥に引っ込んでしまった。部屋の中で適当にくつろいでてとは言われたものの、正直どうしてればいいのか分からずに、机に置いてあった彼女が作ったらしい矯正器具を手に取る。それを取り付けてある歯列模型はよくある模型そのものを少し縮めたようなものだ。さすがに誰かのを勝手に置くわけにもいかないよな、それも立派な個人情報だし。

「しっかしこれ、どうなってんだ?」

 勝手に取り外すのもなんか気が引ける。歯列模型ごと持って、細かい構造を舐めるように見る。苗字にほいほい着いてきたのも彼女がソニアさんには及ばないとは言えかなりの美貌の持ち主であること以上に、彼女が作る矯正器具が気になっていたからだ。中学のときの友人に矯正してた奴もいたし、超高校級のメカニックとしても気になるところで。だからある意味苗字からの誘いは渡りに舟のようなものだった。

「あ、それ見てるんだ。どう? なかなか矯正器具も面白いでしょ」

 並べられた矯正器具を眺めていると、後ろから鉄山の声がした。矯正器具は手に持ったまま、後ろへ振り向く。

「そうだな……あ、こっちのはまた別の用途のやつか?」
「ああうん、そっちは顎を広げるやつだね」

 こうやって一日一回ずつ幅を広げていって……と身振り手振りで解説してくれる彼女はさっきの入学式のときとは違ってブレザーを着ていない。五分袖の白衣の袖をもともと半袖だったらしいブラウスの袖と同じくらいの長さに鳴るよう折ってある。彼女の腕が動くたびに、露出された肘や手首に目が行って話が頭に入ってこない。なんだよこいつなかなかいい骨格してんじゃねえか。もしかしたらソニアさんに匹敵するくらい完璧な骨格だったり……いや、それはないか。さすがに王女様には敵うはずないもんな!

「ね、左右田くん、いい?」

 やっべ、苗字の骨格に見惚れてて全然話聞いてなかった。さっきまでは矯正器具の話だったし、そこまで変な話になってる訳ないよな……?

「え? ああ、構わねえけど……」
「いいの!? それじゃあ、失礼しまーす」

 苗字が背伸びして、少し顔が近づく。え、まさかそんなこと言ってたのかよ!? でも自分で構わないっつった手前、避けるわけにも行かないしどうすればいいんだ……!?

「うふふふっ」

 意味深に笑う彼女が、少し怖いと思った。目を逸らそうにも肘は角度的に見えないし、結局彼女の顔に戻すしかない。
 迫り来る衝撃に備えようと目を閉じる。いや違うよな? なんかいきなり退学沙汰とかないよな?

 ――次の瞬間、口の中に異物感。
 そっと目を開く。うっとりした表情の鉄山、オレの口元に伸びてるのは――苗字の指!?
 理解が追いつかずに、歯列をなぞる鉄山の手の存在を忘れて口を閉じた。彼女の指を思いっきり噛んでから正気に戻って目の前の苗字を見た。

「んっ……ひぁっ」

 ――見たらご覧の有様だ。赤面して目尻に涙を浮かべて――まるでなにか俺が悪いことをしたのかと思ってしまうような――そんな顔だ。
 慌てて苗字の手首を掴んで指を外に出す。彼女は目を丸くして、それから少し残念そうな顔を見せた。

「むぅ……左右田くんが指入れてもいいって言ってくれたからやっただけなのに」
「えっさっきのそれだったのかよ!?」
「……聞いてなかったの?」
「あ、いや……はいそうです聞いてませんでしたすみません」

 美女が怒っても絵になるとは聞くけど、下手に怒らせるとただの人より数段怖い。絵になるうんぬんの前に美女には怒られたくない。さすがに懲りますってこれ。

「じゃあもしかして……私がさっき言った左右田くんの歯並びがタイプだって話も聞いてなかったっていうわけ!?」

 おいちょっと待て、数分前の俺は何を聞き逃してたんだ。いや歯並びがタイプってどういうことかいまいち分からねえけど。

「だからその……何でもするから歯をいじらせてって言ったんだけど……」
「……へ?」

 何でもする……なんでも? 例えば骨格を見せてもらったり、ちょっと動かして動きを確認してみたり――そんなこともしてくれる、とか? この見るからに綺麗そうな骨格を好きにしていいってことなのか?

「本当に、なんでもしてくれるのか……?」
「もちろんだよ! え、なになにもしかしてやらせてくれるの? ほんとに?」
「あ、あぁ……」
「それじゃあ、はい、あーん」
「ちょ、ちょっと待てって! せめてあの椅子に座らせろ!」
「あ、立ちっぱなしだと辛いもんね。ごめんね気付けなくって……」

 歯医者によくある型の椅子に座る。ややあって背中側が下降していくのを感じた。中途半端に斜めなところでピッと音がして下降が止まる。脇にいた苗字を見ると、彼女はにこりと微笑んだ。

「じゃあ今度こそ本当に、いただきまーすっ」

 怖いものは怖いけど、このあとに骨格を見せてもらえると思えばなんとかなるような気がした。そう、これこそ後の幸運のための布石なんだ――だなんて入学式そうそう大怪我をしてたクラスの奴が言ってたっけか。じゃあ俺も、それに倣うことにしよう。
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