苗字さんの右肩から先は、もう動かないでしょう―― 目を覚ました時に蝶屋敷の主、胡蝶カナエに告げられたのは、柱としての自分はここまでだということだった。全身の大怪我に回復する見込みのない利き腕一本と常人以下の働きしかできなくなった肺、上弦の鬼と対峙して自分以外の人的被害を出さずに夜明けまで戦ったにしては思いの外軽傷ではあるけど。 傷が癒えるまではここにいるように、とは彼女の言だった。刀はもう持てないし、それどころか隠としても育手としても働くこともできない穀潰しだ。そんな私に皆よく会いに来てくれるなあ。お館様なんて目を覚まして一番に来てくださったし、 「苗字、大変だったろう。周りの住人をよく守ってくれたね」 なんて声をかけてくださった。まだ寝る以外の姿勢をとれずにいたのが悔やまれる。 そう、それにカナエさん伝いに不死川さんの伝言を聞いたりもした。ありがたいことだ。 「苗字殿、お加減はいかがですか」 「だいぶ良くなったよ。そろそろここから出られそう」 麗らかな日差しが照る日にやってきたのは、その陽光ほどの眩しさと強さを持つ人――杏寿郎さんだった。 「俺はこの度炎柱に相成りました。一刻も早く先代炎柱である苗字殿の欠けた穴を埋められるよう努めます」 「ええ。杏寿郎さんなら、すぐにでもなれる」 むしろ、最初から私が炎柱となるよりも先に杏寿郎さんが炎柱になるべきだったのではないか、とは槇寿郎さんが柱を辞めた後に思ったことだけど。 「それにしても、もうこんな体になってしまって。複製としての炎の呼吸を途絶えさせてしまって、ごめんなさい」 「いえ、俺が継子に教えます! 問題ありません!」 「……そちらの方が、正統だからね。杏寿郎さんならきっとできるよ」 立派な継子だって育てられるし、彼の熱い精神は下の剣士にも伝わる、きっとそんな素晴らしい柱になってくれる。 「苗字殿は、鬼殺隊を辞めた後の宛はあるのですか」 「特にはないけど、なにか……鬼殺隊のためになれるようなことを、しようかと」 「なるほど! 文を送っても?」 「ええ。杏寿郎さんとの話は楽しいから。返事は返せないけど」 「ならば、時間のある時にしたためます。それでは、お館様にお目通りするので失礼します」 任命されたばかりとはいえ柱、昼間も夜間もとにかく忙しい。それは私だって知っていて、扉に手を掛けた背中に声を掛けた。 「お元気で、杏寿郎さん」 「貴方もだ、苗字殿」 別れの言葉を口にして、扉が閉まる音の後の静寂にひっそりと息を吐いた。 辛うじて血が通う程度の右腕にも慣れた頃、見慣れない烏が近寄ってきた。なにか緊急の伝令なのかと身構えると、その烏が嘴を開いた。 「カァーッ! 名前、伝令! 煉獄杏寿郎、上弦ノ参トノ格闘ノ末死亡!」 ――時が止まったかと思った。全身の血の気が引いて、支える腕などなく畳に倒れ込んだ。 上弦の参との格闘の末、死亡? 杏寿郎さんが? ついこの間手紙を受け取ったというのに。 息が詰まる。心臓の動く音が耳に響く。どうしようもなく過ぎる時に、鎹烏は鳴き声を上げて飛び去った。
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