造網系乙女
 ……よし、アオイちゃんは洗濯物を干しに行ったな。きよちゃんすみちゃんなほちゃんの3人は最近なんか炭治郎と一緒にいることが多いしこっちには来ないだろう。誰もいない部屋の机の上に置いてあった饅頭をもらったことだし、どこか落ち着いて食べれる場所はないかな。あ、そういえばこの前花を取りに行ったときに見かけた、あの見世蔵みたいなところなんかいいかもしれない。洗濯物を干している庭とは逆方面だし、近くには行ったことがなかったから今までのとは違う花が見つけられるかもしれない。そしたらきっと禰豆子ちゃん喜んでくれるだろうなあ。
 誰にも見られないように走って、入口の石段に腰を下ろす。今は日陰になっている場所に白詰草がたくさん咲いているのが見えた。白詰草はこの前持っていってあげたから、別のがいいかな――と考えを巡らせながらまんまるな饅頭に口をつけようとして、鼻をすする音を聞いた。……もしかして、誰か泣いてる? ちょうど入口のドアが半開きになってるからこの小屋の中にいる人かな。ドア開いてるし、ちょっと覗くくらいいいよね。
 入口すぐのところに階段がある。背の高い建物だけど、また聞こえた鼻をすする音はすぐ近くからする。入り口の正面のドアから数えて五つ目の部屋のドアを開けると、帽子を被った女の子がベッドに仰向けに寝ていた。どこかで見たような顔だし、どこかで聞いたような音だけど……あーっ、あの子俺達と一緒に最終選別受けた子だ! そうだ、カナヲちゃんの他にもう一人いた女の子!

「あ、アオイしゃ……え?」

 仰向けで寝た状態から、彼女の顔だけが俺の方を向いた。ドアを開ける音がしたからアオイちゃんが来たと思ったのかな。ってか横顔もそうだけど、正面から見たら超かわいいじゃんこの子!! あのときもっとちゃんと見とけばよかったかも。いやそんな余裕なかったんだけどさ!

「え、いや、その……な、泣いてたりしたの? 音が聞こえて」
「えと、その……はなが、たれそうで」

 ってことは、泣いてたわけじゃなかったんだ。よかった。ちり紙とってあげたらいいのかな。枕元にある箱から一枚抜き出して女の子に差し出すと、また彼女が鼻をすすった。

「ええと、ど、どうすればいい?」
「……てがみじかくなってて、ひとりでできないから。てつだって、ほしいの。めいわくだとおもう、けど」
「いやいや全然迷惑とかそんな!! この善逸にできることならなんでもします!!」
「ぜんいつくん、ってなまえ、なんだ。……えっと、そしたら、おねがいします、ぜんいつくん」

 手が短くなってるってことはもしかして……と思いながら、女の子の鼻を片方ずつ塞ぐ。いや顔ちっちゃ! ほっぺ柔らか!! ちり紙越しでもわかるけど絶対肌すべすべじゃん!!! 両方の鼻をかみおえると、閉じていた女の子の目が開いて、目があった。分かってはいたけど目大きい! かわいい!!

「ありがとう、ぜんいつくん。……あのね、こまってたの。アオイさん、くるまで、じかんがあるから」
「そっか、そうだよね。さっきアオイちゃんが洗濯物干してるの見たし。……あ、そうだ。名前聞いてもいいかな!?」
「苗字名前……って、いいます。よろしくね」

 名前ちゃんっていうんだ! 名前も可憐!! 名前ちゃんの名前を心のなかで呼ぶだけで彼女のまわりに花が咲いたように明るく感じる。

「名前ちゃんってさ、那田蜘蛛山に行った?」
「うん。そこで……こう……おおきくて、ひとのかおしたくもが……うう、おもいだすと、せすじがぞわっとする……」
「やっぱり!? 俺もそこに任務で行ってさあ、ついこの前まで右手と右足縮んでたんだよ。いっぱい薬飲んでお日様に当たってたら元気になったから、きっと名前ちゃんの手足も元に戻るよ!!」
「よかったね、ぜんいつくん。……わたしはね、こういしょう、のこるかもって。しのぶさんにね、そういわれたの」

 善逸君は大丈夫でしょうが、完全に蜘蛛になってしまった人は後遺症が残るかもしれませんね――と、しのぶさんに言われたのを思い出した。そう、きっと帽子だって、あの毒で髪が抜けてしまったのを隠すためのものなんだろう。そっちは伸びてくるのかな。名前ちゃん、女の子だから髪の毛は大切なのにな。それにうまく舌が回らないみたいなのは、きっと人面蜘蛛の舌が針みたいになってたのが治りきってないんだ。俺と話すの、大変だったりしないかな。

「そうだ! あのね名前ちゃん、この建物の周りにいっぱい白詰草が咲いてるんだけど、知ってる?」
「しろつめくさ……ううん、しらなかった。そういうはなし、あんまりしなくて……」
「ほんとにもう、いっぱい咲いてたんだよ! あ、そうだ、今から摘んできてあげる!!」

 お花を見たらきっと元気になってくれるんじゃないかな。俺もずっとベッドで寝てたから、きっと名前ちゃんは長いこと外に出てないと思う。日光以外で外を感じられるものをあげられたら、きっと喜んでくれるんじゃないかな。慌てていて閉め忘れたドアから外に出ようとしたとき、首だけこっちを見たままの名前ちゃんと目が合った。

「おはな、すきなの。たのしみに、まってる」

 嘘でもなんでもなく、純粋に楽しみにしてくれている名前ちゃんの顔と声色に、思わず心臓を貫かれたような気分になった。

「綺麗に咲いてるやつ摘んでくるから! 待ってて!!」

 名前ちゃんのいる部屋から出て、さっきの白詰草がいっぱい咲いていた場所へ走り出す。花の輪っかを作って持っていってあげようかなって思ってたけど、名前ちゃん、今ひとりで外せないからなあ。ああ、そういえば、さっきのちり紙が置いてあったところには背の低い空の花瓶があった。あそこに二、三本挿すのがいいかも。綺麗に咲いていて、花が大きいのがいいよね。
 三本のつもりが倍に増えて、六本。けど、あそこには十倍、いやもっといっぱい咲いていたからきっとこれくらい摘んでも大丈夫だよね。アオイちゃんはまだこっちには来ていないみたいだけど、洗濯物を干し終わるまでどれくらいかかるのかはわからないし急いだほういいよね。見つかったらガミガミ怒られるし、名前ちゃんの前でってなったらめちゃくちゃに恥ずかしいし。

「……あ、しろつめくさ、いっぱい」

 俺の足音でこっちを向いたのか、それとも俺が出ていった時からそのままなのか、名前ちゃんの部屋に着いた時彼女はドアの方を向いていた。首痛くなっちゃいそうだし、多分足音がしてこっちを向いたんだろう。

「どれがいいかなって思ってたら六本も取ってきちゃった。そこの棚の上の花瓶に挿しとくよ」
「ありがと、ぜんいつくん」
「いやいやこのくらいなら喜んでやりますよ!! 本当にさぁもうね、白詰草いっぱい咲いてたんだよ! もし外に出られるようになったら一緒に見に行こうよ! 俺花の輪っか作るのすごい得意だからさ、名前ちゃんにも作ってあげる!」
「ほんとに?」
「絶対! 白詰草の時期じゃなくなっちゃったらほら、ここじゃない場所の大きいお花畑でもいいし!」

 もし名前ちゃんの足がダメになっちゃってたら土車だって曳いたっていい。どこまでだって連れてってあげたいし、名前ちゃんのためならどこまでだって苦痛じゃない。

「ねえ、そのおはな、もっとよくみせて」
「え? うん、ほらこれ」

 ちょうど名前ちゃんの目の前に花が来るように茎を短く持って、目の前でひらひらと振った。

「綺麗に咲いてるでしょ――」

 不意に、親指に温かくて柔らかいものが触れた。すぐに離れた柔らかさと、直後に訪れる、さっきまでと温度の違う彼女の吐息。

「やくそく、だよ。うそついたら、はりせんぼん、……じゃなくて、ぷすーって、さしちゃう」

 悪戯っぽく笑う名前ちゃんの舌先がちろりと覗く。針化していてまだ治りきってない舌が、日光を反射してきらめいた。親指の、吐息を冷たく感じる箇所がちくりと痛んで、思わず花を持つ腕を振り上げた。肺に久しぶりに空気が届いた気がして、窓の外にこちらに向かってくるアオイちゃんの姿が見えた。……もう出なきゃ!!

「はい! や、約束しますので!! 絶対に! どこにだって!!!」
「わたしも、がんばって、なおすから。ぜったい、ね」
「うん!! じゃあえっと、また遊びに来るからね!!」

 白詰草を花瓶に挿して、名前ちゃんのいる病室を出た。離れの病棟になっている見世蔵から、アオイちゃんに見つからない方向へと走り出す。建物の影に隠れて、アオイちゃんの姿が建物の中に消えるのを見てから、さっきの右手を見た。

「……約束、か」

 俺、そういう約束したんだよね!? これってもう、逢引なのでは!? 結婚まで秒読みじゃない!!?




「名前さん、入りますね。調子はどうですか?」
「あ、アオイさん。おつかれ、さまです」
「……鼻、詰まってないんですか?」
「さっき、ぜんいつくんに、てつだってもらって」
「……善逸さんが?」
「そうなん、です。そこのおはなも、ぜんいつくんが。くふふっ」
「そうですか……」
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