10:Calling


 夜遅く、就寝準備を一通り終えたあと、ケータイが鳴るのを待つ。昼休みに掛けるって言ってたからそろそろかな、と思ったタイミングで机の上でそれが揺れ動いた。相手の名前を確認して、すぐにボタンを押した。

『シオン、元気か?』

 フィリップの声を聞くのは日本に到着した日以来だ。あの日は無事に到着した報告だけして切るつもりがやたらと色々なことを念押しされたんだっけ。サッカー留学じゃないんだぞ、と言われたけど、完全にサッカー留学になってしまっていることは話さないでおこう。……多分バレてるけど。

「ええ、すこぶる元気よ。メールじゃなくて電話がしたいって、私の声でも恋しくなった?」
『馬鹿を言うな。今年の招待枠の話をしたくてな。日本のサッカー協会に声をかけたそうで、イナズマジャパンが招待枠で参加するらしい』
「へえ。協会、変なとこで外すからジャパンじゃないと思ってたのに。彼らと今度こそちゃんと戦えるのね」

 大会は夏――フットボールフロンティア本戦の時期と被っているはずなんだけど、それは大丈夫なんだろうか。もしかしたら大会日程に変更があるのかもしれない。それでまだ選手に声が掛かってないんだろう。15歳以下で日本の名を背負う選手が、フットボールフロンティアに出ないはずがないんだから。

「フィリップの言ったとおりね。ジャパンかコトアールか、って言ってたでしょ」
『……なあ、シオン』
「なに?」
『勝てると思うか? 相手は世界一だ』
「……私たちは欧州一でしょ。あの場所に於いて、挑まれるのは私たちの方よ」
『"いつも通り"がいいってことか』

 電話越しに笑い声が聞こえる。ジャパンはチャレンジャーで、ナイツオブクィーンは大会ではここ数年無敗の欧州王者。相手も挑戦者って立場には慣れてる――試合展開から見ての話、追う展開が多いあたりが。

「変に気負うなって話。相手の実力は認めて油断はしない、けど私たちが背負っているのはFFIのリーグ戦敗退国の称号ではなくて欧州王者の名よ」
『それもそうだな。じゃ、用件はそれだけだしそろそろ切るよ。そっちは夜遅いんだろう?』
「今日はこのくらいにしときましょ。またね」
『ああ、またな。それと、手の内を明かすのは程々にしておけよ』

 ……やっぱり雷門のサッカー部と練習してるの、お見通しなんだな。相変わらず私のことならだいたいなんでも分かるみたいだ。

「練習相手には気を付けることにするわ。じゃあ、元気でね」
『シオンも、頑張れよ』

 それじゃあ、という言葉を最後にぷつりと通話が切れた。進まない通話時間の表示を見て、ケータイを閉じる。充電は昨日したばかりだから今日はいいだろう。畳んだケータイを持ったまま、ベッドに腰を下ろした。
 ……練習相手を選ぶ、か。
 確かに、雷門からイナズマジャパンの代表強化選手に選ばれた人も多いし、別の部活から転部してきたサッカー初心者も多い。今の雷門サッカー部はまっすぐ自分の力を磨くことに集中できる環境ではない。直近の合宿だってフットボールフロンティアに照準を合わせて行うもののはず。そしてそこで私の技術の向上を図ったとして、その努力は代表候補に筒抜けになってしまう。初心者の練習に付き添うことで得られるものが皆無とは言わないけど、ある種のフラストレーションが溜まる。それをずっと、これから3か月近く続けられるかと言えば答えはノーだ。
 とはいっても、他の中学生はフットボールフロンティアで忙しいだろうし、だからといって見ず知らずの高校生に頼むなんてのはできない。よっぽど海外サッカーに興味がある人でもないと、私なんてFFIで怪我をしただけの――
 右手の中でケータイがミシっと音を立てて、慌ててベッドの上に放り投げた。

「……もしこれがサッカー留学なら、サッカー協会がなんとかしてくれたんだろうけど」

 なんとかいい練習相手がいないものか――と思いながら、明日は雷門中の過去の試合のデータを貰おうと決めた。そう、フットボールフロンティアに出場しない学校の、イナズマジャパンに選ばれないスーパープレイヤー。……なんて、いないか、そんな人。


―――


 正面切って円堂に聞くのはどうかと思ったけど、よく考えたら日本代表のキャプテンをしてたんだから、多分一番顔が広いのは彼だと思う。それに、鬼道や豪炎寺に聞こうものなら私の目論見が看破される可能性がある。……うん、やっぱり円堂が一番だ。
 フィリップとの電話の翌々日の昼休み。行動は早ければ早いほどいいだろう、と円堂の教室を訪ねた。周りにサッカー部の部員はいない。彼の机の前に立って、ねえ、と口を開いた。

「シオン、どうかしたのか?」
「紹介してほしい人がいるんだけど、いい?」
「ああ、俺が知ってるヤツなら」
「ありがと。えーっと、イナズマジャパンの13番の人、わかる?」

 どちらかといえば、声を掛けたいのは彼ではなくその知り合いの2人組なんだけど、同じチームだった基山や緑川はともかく、日本人とはいえ他国の代表だった2人の連絡先を円堂が知っているとは限らない。それに”私が南雲と涼野の連絡先を欲しがっていた”ということは絶対に広まってほしくない。となると、円堂に基山か緑川かの連絡先を聞いて、そのどちらかから目当ての人の連絡先を教えてもらう――というややこしい手順を踏むのがよさそうだと思った。
 そして、円堂に教えてもらう――つまり、”私が仲良くなりたいと思っている”サッカープレイヤーに基山と緑川のどちらを当てはめようかと考える。前者は少し話した感じだとなかなか頭の切れる人で、後者はカメラを通したプレー映像でしか知らないけど、恐らく基山ほどの頭脳派プレイヤーではない。それなら基山に頼むより緑川を経由した方がいい、と判断した。

「緑川? なんか聞きたいことあるなら俺が聞くけど……」
「ううん。面白そうな人だと思って、友達になりたいと思ったの」
「へー。そんじゃ、緑川に聞いてみるな」
「ありがと。じゃ、また部活で」
「ああ!」

 自分の教室に戻ろうとドアを開けたタイミングで、反対側のドアからアキが円堂の教室に入ってきた。皆でご飯を食べるのに、私が引き留めていたせいで姿を見せない彼を迎えにきたみたいだ。今日はあんまり声を掛けられたくないし、気付かれないうちに教室に戻ろう。
 ……もう1人、声を掛けたい人がいる。その人が協力してくれるかはわからないけど、色いい答えを聞くまで引くつもりはない。目当ての人は席にはいない。左右の人がいない自分の席で弁当を広げた。


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