7:" I did not go to Liocott to be hospitalized!"


 本当は私が案内しなくてはいけないのだけれど、やっぱり年度初めは色々と忙しくて――。
 雷門はそんなことを言って、寮を含めた学校の敷地内の案内としばらく彼女と行動することを頼んできた。とりあえず今日は直近で使いそうな特別教室の場所を教えて、あとは明日でいっか、と部室に連れていくことにした。日本でもやっぱりサッカーやるだろうし、サッカー部で一緒にサッカーできたら嬉しいし。

「で、ここがサッカー部の部室」
「へえ、そうなの。入ってもいい?」
「多分いいと思うけど、着替えてるヤツがいないか確認してくる。ちょっと待ってて」

 シオンには外で待っててもらって、部室に入った。3年の学年集会が終わってしばらく経ってるからか、部室にいる部員はほとんど着替え終わっている。屈伸の真っ最中だった円堂がドアの方に駆け寄ってきた。

「半田! シオンの案内終わったのか?」
「特別教室は案内し終わったから外を案内してたんだ。中入れていいか?」
「もちろん! 皆もいいよな?」

 反対の声はなく、その声を受けて円堂がドアを開けた。その辺を走るラグビー部の連中を眺めていたシオンが、ドアの開く音を聞いてこっちを向いた。円堂が大きく手を振って彼女を呼ぶ。

「おーい、シオンー!!」
「……久しぶりね、円堂。まさか同じ中学だなんて日本に来るまで思ってもなかったわ」
「他にもイナズマジャパンのメンバー結構いてさ。とりあえず部室入れよ!」
「それじゃあ、お邪魔します」

 部室に入ると、シオンは部員の顔ぶれに驚いている。サッカー雑誌を読んでいたマックスが、シオンの肩を叩いて空いてるイスを指した。シオンは譲られたイスに腰かけて、改めて部室を見回した。

「豪炎寺に鬼道、風丸も。それに――ええと、17番の」
「染岡だよ、染岡竜吾! 対戦相手の名前も覚えてねえのか」
「ごめんなさいね、ホストに挨拶もしないゲストの名前なんて覚える必要ないと思って」
「んだと!?」

 ……なんか、思ってたのと性格違うぞ?
 まあまあ、と二人の間に入った円堂がシオンにサッカーボールを差し出す。

「そんじゃ早速、サッカーやろうぜ!」
「えっ……と、ごめん。今日は着替え持ってきてなくって」
「そっか。じゃあ明日はサッカーやろうな!」
「ええ、もちろん!」
「ま、確かに始業式の日に持って来はしないよな」
「ホントよホント、シンイチが案内してくれなかったら今日はここに来るつもりなかったもの」

 軽口を言い返されて言葉に詰まっていると、今度は声をあげて笑い出した。フィールドの外での表情の変化ひとつ取っても掴みどころのない妖精のようだ――と評されている記事を読んだ。実際は掴みどころがないんじゃなくて、感情の切り替えが人より速いんだと思う。
 背後で部室の扉が開いた。皆が振り向くと――

「お疲れ様でやんす!」
「遅くなりました!」
「おお、栗松! 宍戸! 皆も!」

 新2年が外で整列していて、これで新学期早々全員集合だ。運動部全体で明日の入学式の準備に駆り出されるから、練習時間はいつもより短いんだけど。

「2年生の学年集会、長かったな」
「学年に春休み中に問題起こしたやつがいるらしくて、お説教で長引いたんですよ……」

 確かに、春休み中に1個下の生徒が退学スレスレの問題起こしたって噂は教室でも聞いた。一体どんなことをしたんだろうか、気になるような、聞いたらいけないような。
 部室に入ってきた壁山が、イスに座るシオンを見て驚きの声をあげる。

「って、なんでアンタがここにいるっスか!?」
「ああ、そっか。シオン、これで現部員全員集合だからさ、自己紹介――」
「嫌」

 はっきりとした拒絶の言葉を捉えた耳は、その後に続くイスの転ぶ音と壁山の「うわっ」という声を拾う。自分よりも体格のいい男の胸ぐらを掴んで辛うじて単語がいくつか聞き取れるくらいの言葉を浴びせる様子は、テレビで見た彼女とも、今まで話していた彼女とも別人だ。
 彼女の攻撃的な英語が止んで、壁山の制服から手が離れる。机の横に置いてあったカバンをひったくるように持ち上げると、シオンの顔を見た2年生がドアまでの道を開ける――というか、さっきまであんなに怒鳴ってた先輩の顔見れば誰だってそうするよな。俺でも多分そうする。

「……この学校、英語のリスニングも習わないのかしらね。明日にでもナツミに言っておくわ、英語と道徳教育のカリキュラムを見直した方がいいんじゃないかって。これからも一生スポーツマンシップの欠片もないサッカー、頑張るといいわ。それじゃ」
「待てよシオン! なんだよ今のは!」
「なんだよって何よ、だいたい円堂も……、もういい、こんなとこ二度とと来ないわ!」

 引き戸を勢いよく閉めて――勢いが付きすぎて反動で少し開いた――大股で早足に部室から出ていく背中をみんなで見送った。

「壁山、大丈夫か!?」
「はいっス、でも……」

 円堂たちが壁山を取り囲んで怪我を確認する。何を言ってたんだろう、と聞こえた単語からさっきの話の内容を考えていると、肩を叩かれた。振り向くと、鬼道が耳打ちしてくる。

「半田、シオンのことを見てきてもらえないか」
「え、……あ、そうだった! 円堂悪い、俺シオン追いかけてくる!」

 いくら早足でもまだ校門は出てないだろうし、ダッシュでいけば追いつけるはず。部室を出て西校舎の角を曲がったところでシオンの背中を見つけた。カバンを地面に置いて、校舎の壁に手をついている。もしかして休んでるのかも?

「大丈夫か?」
「! ……なにか忘れ物でもしてたかしら、私」
「あ、いや、雷門に寮まで送れって言いつけられてるから、追いかけてきた」
「ああ、そう……ごめんなさいね、失望したでしょ。リトルフェアリーもコートの外ではこんななのかって」

 カバンを開けて何かを探す様子の彼女は、探し物が見つからないようで、辺りを見回したあと溜息を吐きながら俺の方を向いた。

「ねえ、帰り道のついでにこのあたりにある自販機も案内してくれない? できればサッカー部に遭わないところで」
「購買だと帰りに出くわすかもしれないし……そしたら寮の途中にあるとこでいいか?」
「ええ、ありがとう。急ぎましょ、シンイチも早めに戻れた方がいいものね」

 また早足で歩きだす彼女を追いかけながら、さっきの言葉を壁山に投げつけた理由を考えていた。聞き取れた単語たちと、『スポーツマンシップの欠片もないサッカー』……。
 正門を左に曲がると、赤い自販機が見えた。ほらあそこに、と指さすと、本当に自販機の多い国ねえ、と笑いながら走り出した。硬貨を持つ、ボタンを押す、その手指はサッカープレイヤーのそれだ。出てきたミネラルウォーターを飲み干して、自販機の横のごみ箱に捨てた。

「それで、シンイチはさっきの聞き取れた?」
「単語は拾えたって感じ。授業で扱うリスニングだってそれ用の教材だし、外国人の先生もいるけど結構ゆっくり喋ってくれるから、あんなに速いのには慣れてないっていうか」
「リスニング云々はジョークよ、さすがに。それにALTの先生もみんなアメリカ英語かオーストラリアでしょ、日ごろ聞いてるのがあんな訛りばっかりのなら仕方ないわ」

 返ってきたお釣りで今度はスポーツドリンクを買う。この後自主トレでもするんだろうか。……寮まで送るように頼まれてるくらいこの辺の地理に疎いのに、一体どこでやるんだろう。

「俺も、さっき言ってたことに関してはシオンの言うことのが正しいと思うよ」
「……へえ、じゃあ答え合わせといきましょうか」

 ペットボトルと財布をカバンにしまって、また歩き出す。さっきよりも歩く速度はゆっくりで、話しながら歩くスピードだ。

「……『あなたが私と顔を合わせて最初に言うことがそれ?』」
「私はどうしてほしかったの?」
「『試合であんな事故起こしたのに、FFIの期間中に謝りに来ないどころか今のその言葉、自分がしたことの自覚がないの?』……ってのは、聞き取れた単語からの推測なんだけど」
「言いたいことは大体そんな感じ。授業じゃないから全部聞き取れなくていいのよ。途中からヒートアップして、私でも聞き返したくなるくらいの速さで喋ってたから」
「……途中から?」

 曲がり角に差し掛かる。寮までは東門から出た方が近くて、完全に遠回りなんだけどなあと思いながら歩いている。

「それで、本当に雷門に言うのか?」
「カリキュラム見直した方がいいんじゃない、とはさすがに言えないわよ。まあ、ことが大きくなったとして3人揃って校長先生に怒られるくらいなんじゃないかしら。――ああもう、本当は入学初日にあんなこと言うつもりなかったのよ! もう、これで明日からクラスで避けられたらどうしたらいいの……」
「雷門もいるし大丈夫だろ」
「……そうね、シンイチもいるものね」

 鍵の掛けられた東門から体育館が見える。走り込みをしているのは――サッカー部。だけど率いているのは鬼道で、円堂の姿は列の中にはない。壁山も見当たらないし、早足で体育館の陰に入ろう、と急いだ。
 駄菓子屋の方から聞こえる賑やかな声に、シオンが興味津々という様子でその曲がり角の向こうを見る。

「シンイチ、あそこには何があるの?」
「駄菓子屋があるんだ」
「へえ、今度一緒に――って、止まって!」

 俺が立ち止まると、シオンが駄菓子屋の曲がり角から突然飛んできたサッカーボールをトラップした。あぶなっ、気が付かずに歩いてたら俺の頭に直撃してたぞ!?

「すみませーん、ってなんだ、半田か」
「お姉ちゃん、すっごーい! もう1回やってよ!」

 駄菓子屋の方から竜介とまこが走ってきた。なんだ半田かってなんだよ、と竜介に言い返してると蒼空や大翔も集まってきた。練習前に皆で駄菓子屋に寄ってたのか。

「うわ、部活サボってデートだデート! 円堂に言いつけてやろー」
「デートじゃなくてシオンにこの辺の案内してるんだよ! そもそも円堂に連絡はしてあるし!」
「じゃあこの後河川敷集合な! 最近全然一緒にやってくれないだろ」
「へえ、君たち河川敷でサッカーしてるんだ」

 シオンは地面に転がっていたボールを蹴り上げて、そのまままこに渡す。まこはといえば目をキラキラさせて、ボールを受け取りながらシオンを練習に誘い始めた。

「そうなの! このあと稲妻KFCの皆で練習するの。お姉ちゃんも来る? 一緒にやろうよ!」
「うーん……私は行きたいんだけど、どうしよっか、シンイチ」
「ええ、俺も!?」
「シンイチも一緒にサッカーしましょうよ! そもそも私1人じゃその河川敷までたどり着けないし帰れないわ」
「名前で呼び合ってるー、カップルだカップル!」
「ずるいぞ半田ー」
「だからそういうのじゃないって言ってるだろ……」

 すっかり子供たちに取り囲まれてズボンの裾を引っ張られてる。多分俺が行かないって言っても、こいつらもシオンも引き下がらないだろうしなあ……。

「じゃあ、河川敷で集合な。俺達は着替えてから行くから」
「先に行って待ってるよ、半田ちゃん、シオンお姉ちゃん! また後でねー!」

 河川敷の方に走ってくまこたちを見送っていると、シオンの力の抜けた笑い声がした。

「ふふっ、ごめんね巻き込んじゃって」
「入学式の設営から逃げられると思えば、これもこれでアリっていうか。シオンのサッカーも見れるしさ」
「そっか。じゃあ急ぎましょ、あんまりあの子たちを待たせちゃいけないわ。きっと着替えに寮の部屋を使うくらいは許してくれるはずだから」

 ……とりあえず一人になったら練習に参加できないってメールを円堂に送ろうと心に決めて、寮までの道を急いだ。カバン、持ってきててよかった。


Modoru Back Susumu
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -