恋人のいっぽめ

 音楽練習室の鍵を閉める。職員室に返しに行って、購買前の自販機で買ったミルクティーを飲みながら帰路に着く。

「……おつかれ、名字」

 校門を出たところで声をかけられて、そっちに顔を向けると声の主を見かけた。今日の授業は公欠していた顔。

「あれ、無一郎? 対局なんじゃなかったの」
「こんな時間までかかんないよ」
「ならまっすぐ家帰ってればいいのに」
「名字も、閉門ギリギリまでやってるとまたあの妖怪出るかもしれないんだから、早めに切り上げなよ」
「大会終わるまでは無理」

 噛んでるうちにストローが楕円形になったのを感じながら、街灯のまばらな裏通りを二人で歩く。いつの間にか普段無一郎とわかれる角を通り過ぎていて、これは駅まで送ってくれるパターンかな、と思って黙っていた。

「名字は音祭出ないの?」
「なんか過去に部員と実行委員が揉めたらしくて軽音部員は出場禁止」
「そうなんだ。聞きたかったんだけど」
「……ライブハウスでやるときに来れば」
「やるとき教えて。大会とか考査に被らなきゃ見に行くから」
「覚えてたらね」

 紙パックのゴミ箱に空のミルクティーを放り込んだ。駅前商店街のキラキラした光が、今日も1日終わりだなあって感じ。
 人の波に流されていたら、あっという間に駅に着いてしまった。今日の対局の結果だとかが聞けなくて、結局どうだったのってあとでメール送ればいっか。じゃあまた、と手を振ろうとした、その時。

「あれえ、名前も今帰り?」

 毎日聞く声――姉が目の前にいた。げっ、最悪。一緒に帰るだけでも疲れるのに、今日は隣に無一郎もいる。はあ、とため息をついて、肩紐をぐっと握った。

「今日は自習室は?」
「席空いてなかったから家帰んの。でなに、アンタは彼氏とデート? そういうの、中学生のうちまでだよ」
「どうでもいいでしょ……!」

 さっさと駅に入ってくれと睨めつけると姉はケタケタと笑い出す。隣で立っていた無一郎がそっと耳打ちしてきた。

「誰? 名字の知り合い?」
「あれ? 姉」
「お姉さんいたの」

 言う必要もないと思って、と返事をしようと隣を見たら、姉の方にすたすたと歩いて頭を下げた。

「はじめまして、お姉さん。名前さんとお付き合いさせてもらっている時透無一郎です」
「ああ、あの時透! へー、なんで名前なんかと付き合ってんのか知らないけど、噂通りイケメンねえ」
「いいからさっさと中入んなよ、もう……」
「はいはい、邪魔者は退散しますよーだ。遅くならないようにしなよー」

 定期をかざして駅の中に入っていく背中を見て、姉を相手にした疲れが一気にきた。普段はなんとも思わないのに、今は背中のギグバッグが鬼のように重い。

「ねえ、名前」
「なに、むい――じゃなくて、なんて?」
「名前だけ俺のことを名前で呼ぶのは不公平だから、これから俺も名前って呼ぶ」

 名前、名前、と私の名前を無一郎が口に出すたびに背中がむず痒くなる。そもそも私は付き合う前から双子を区別するためとはいえ無一郎のことを名前で呼んでいたし、そこに公平も不公平もないと思うんだけど。

「……じゃあ私も時透って呼ぶ」
「俺のことは名字なのに有一郎は名前で呼ぶの? 名前の彼氏は有一郎じゃなくて俺なんだから、駄目だよ」
「なっ、……もう帰る!」

 人の目もないわけじゃないし、これ以上名前で呼ばれるのも恥ずかしくて、スカートのポケットから定期を出して足早に改札の中に逃げ込んだ。

「名前、また明日!」

 改札の向こうから聞こえた声に、なんとなく手を振り返した。

「……じゃあね、無一郎」

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