「あ、目が覚めたみたいね」

 どうやら俺は布団の上に寝せられていて、額に氷嚢を乗せられているようだ。氷とは違う冷たさを頬に感じて、すぐそばにさっきの女性が座っていることに気が付いた。

「あの……だ、誰?」

 体を起こして震える声で尋ねる。女性は目を丸くしてからくすくすと笑い出した。

「そういうのは自分が言ってから聞くものじゃないかな」
「ひっ、あの、俺は我妻善逸です……」
「はじめて見る顔だけど、最近ここに来たの?」
「は、はいっ」

 彼女はその後幾つかの質問を俺にぶつけていった。そのうち襖がぴしゃりと音を立てて開く。

「げっ、じいちゃん」

 その開いた襖から現れたのはじいちゃんだった。彼の姿が見えると女性はさっとひざまずき、俺は来るであろう衝撃に頭を引っ込めた。

「師範と呼べと言っているだろうが! 善逸!!」

 ベシっと音を立てて俺の頭に振動が伝わる。あでっと情けない声が漏れた。

「師範、善逸くんは今しがた目を覚ましたばかりですし、頭に衝撃を与えては悪いですよ」

 じいちゃんと俺の間を腕で遮った女性は微笑みを浮かべていて、その表情がとても綺麗だ、と目を奪われた。

「全く……お前は昔から弟弟子に弱いな、ゆき」

 ゆき。どうやらそれが目の前のこの女性の名前らしい。そしてどうやら、彼女は俺の姉弟子にあたる人物であるようだ。

「善逸くん、なにやら熱があるようなので今日は指導はやめてやってください。さっきもふらっと倒れてしまったことですし」
「……確かにここのところ暑いからな。今日くらいは休ませてやろう。明日からはまたいつも通り修行だ、しっかり疲れを取れ」

 音と共に襖が閉まる。無事にじいちゃんをやり過ごせたのと、やはりここのところの修行による疲れが溜まっているのか、全身からふっと力が抜けるのを感じた。そのまま布団越しに床に背をぶつけ、またもや変なうめき声が出た。

「……大丈夫?」
「へ、平気です。心配かけてすみません」

 居住まいを正そうとしたところを、彼女の手が制した。

「ほら、あんまり動いちゃだめだよ。今日はゆっくり休んで明日からまた頑張らなきゃなんだからさ」
「ありがとう、ございます……」

 ゆきさんへのお礼と謝罪は言葉と目礼にとどめて、夏用の薄手の布団を掛けた。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは彼女の方だった。

「……あ、そういえば自己紹介してなかったね。わたしは鳥居ゆき。きみの姉弟子で、今は鬼殺隊の甲、柱を除いて一番上の階級なんだ。善逸くん、よろしくね」
「よろしくお願いします、ゆきさん」

――この人からは、とても優しい音がする。
 ちゃんと音を聴いていたいと思えるような、優しくて、ほんとうに信じたいと思えるような温かさだ。

 だから俺は、ゆきさんの目をまっすぐ見ることができた。ゆきさんと話していると自然と穏やかな気持ちになって、なんだかそれがとても幸せなように思えた。


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