後継でもない奴で、しかも女。師範と揃いの羽織に袖を通して、純粋な黄色ではない刀を振るう。しかし今生きている師範の弟子で唯一壱から陸ノ型の全てを身につけている。鳥居ゆきという姉弟子は、そんな人間だとだけ知っていた。
 だからこうして今、初対面のコイツに六度膝を付かされてその認識を改めることになった。

「後に響くしこれくらいにしとこっか。ごめんね、強かった?」
「……別に。手加減されたことくらいはわかってる」
「あんまりやって骨折れたら選別に行けないからね」

 そうだ、露骨に手加減をされていた。にも拘らず俺の木刀がこの姉弟子の羽織を掠めることすらなかった。一回一回的確に動きを読まれた上で、手加減された一撃で木刀を飛ばされ倒された。

「壱ノ型は使えない? なのに、それ以外の型はなかなか上手にできてるね」
「……そりゃどうも」
「間合いや相手の動きからどの型が最適かの判断がもうちょっと速くできるようになればいいんじゃないかな」
「はあ、なるほど」
「それじゃ、わたしはそろそろ発たないと。獪岳くん、頑張ってね。期待してるよ」

 そう言い残して、俺の肩を叩いて屋敷へ戻っていく背中を見ながら先ほどの手合わせを思い出していた。現役の隊士と手合わせだなんて滅多にないことだ。カスの善逸は昼前に逃げ出してからこっちに出て来やしないし、経験したのは俺だけだ。そもそもあいつはカスだから手合わせなんてどんな奴に請われたってしないだろう。それにしても壱ノ型が使えないやつに期待だとか、唾棄すべき見え透いた世辞だ。
 雷の呼吸の使い手を相手取るときの相手の動き方、それを受けての自分の動き方と適切な省力化。そういったものを読み解くのが上手いところを見ると、以前か最近か知らないがあの姉弟子も同様に手練れと手合わせをしたことがあるはずだ。それでも継承権を持つのが俺なんだから、その手合わせの相手は鬼にやられでもしたんだろうか。
 ――あんなにできる奴がただ女というだけで後継になれず、基本の型ができない俺が雷の呼吸の継承権を持つ。憐れだと思った。



 俺が入隊してから一年と少し経ち、善逸がきちんと任務をこなせているので正式に俺とあのカスの二人で後継に決めた、という師範からの手紙を受けとってからまた暫く後のこと。

「獪岳! 鳴柱・鳥居ゆきカラ手紙アリ!」
「あぁ? 事あるごとに手紙なんざよこしやがって。柱になったってのに随分暇なんだな」

 鎹烏の足に括りつけられた文に目を通す。俺が聞いていないと思っているのか奴が鳴柱に任命されたことの報告と、ようやく正式に俺と善逸の二人が後継になったことを伝え聞いたらしく、しっかり鍛錬に励むこと、元気でやるように、とだけ書かれていた。こんなもの早々と捨ててしまいたいのだが、道端に捨てるわけにもいかず握りつぶした手紙を懐にしまった。
 弟弟子を差し置いて柱になったってのに、結局こいつは後継にもなんにもなれやしない。俺が後継だと聞いたとき、俺と善逸が二人で継ぐことになったとき、あいつは何を思ったんだろうか。外面は師範の言うことを否定も何もせず頷く女だとしても、どうせ心の内では自分が男だったら後継になれたはずなのにだとか自分より劣ったやつらが後継だなんて信じられないだとか、そんなことを思ってるはずだ。まさかあの姉弟子が口に出すわけにもいかないだろう言葉を思うと、最初に出会ったときと同様の思いを抱かずにはいられない。

「不憫な奴だな」

 聞いてか聞かずか、もしくは俺を呼んだつもりか烏が遠くでカァカァ鳴いた。今日中に目的の街まで行くにはまだ少し時間の余裕があるはずだ。しまった手紙を隊服の上からまた握りつぶして、烏の声を追うことにした。


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