白昼堂々、傍から見たら泥棒みたいだろうな、なんて思いながら背中に隠していた刀を取り出した。覚えのない箇所にある血だまり、真新しい血の匂い――確かに感じる鬼の気配。潜んでいるのが鬼になりたての鬼なら、被害に遭った人数から考えるときっとまだ特に血鬼術は使ってこないだろう。けど、他の町から流れてきた鬼であればその限りではない。後者を想定していこう。
 戸を開ける。鬼の気配は二匹。気配を殺して奥へ進む。襖を二度開けた先に、十人ほどの老人の山を見つけた。一目見て老人だとわかるのは、首から上だけが残っているから。そしてその死体の山に隠れるように一匹の鬼がいる。

「鬼狩りめが……!! ようやくありつけた生きた飯を邪魔しやがって!」

 死体の陰で項に口と二つの目を持つ鬼が、まさに老人の足を喰らわんとしていた。項の目と目が合うと、鬼は老人の腕をひっぱり壁に投げつけた。障子の破れる音。当たり所が悪くないといいけれど。
 値踏みをするように項の目がこちらを見る。……大丈夫、ただの異形の鬼だ。血鬼術を使うほど人を喰ってはいない。いいとこ両手で足りる数だろう。つまりは老人を拐ったのはこの鬼ではない。

「ヘッ、若い女か。十二鬼月のやつが狩ってくる爺婆共には飽きてたんだ、今に喰ってやる」
「お年寄りばかり十人弱、それも十二鬼月のつまみ食いでしょう?」

 その程度、わたしの敵じゃない。それに、今この屋敷で十二鬼月が生きている――なら、目の前の鬼はすぐに倒してしまわなくては。
 こちらに手を伸ばす、がら空きの頸に刃を。

 ――雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃

 刀を納めるのと同時に、鬼の頸が地面に落ちる音がした。

「……十二鬼月がいる、ね」

 早く見つけて倒さないといけないけど、それを探す前にさっき飛ばされたご老人の様子を見に行かなきゃ。
 彼は倒された障子の向こう、庭の茂った草の中にうつ伏していた。息はある。肩を叩くと、顔をあげられた。

「神の助けじゃ……ああ、ありがたや」
「水をどうぞ。どこか痛めたところはありますか?」 
「いんや、さっき転がされたときに打ち付けたところ以外にはありませんわい」
「わかりました。わたしはあと一匹いる鬼を倒してきますので、どうかこの日の当たる庭から出られませんようにお願いしますね」

 携行していた水筒を手渡して、縁側から家に入った。一階の最後の一部屋にはいない。二階かな。
 十二鬼月の割にこちらに襲いかかってこないところから考えると、階段から一番遠い部屋で居を構えているんじゃないだろうか。予想通り、最後の襖に力を込めても開かない。何かが中でつっかえてる感じだ。お行儀悪いけど突撃しかないかな、これは。
 数歩下がって助走、刀に手をやりながら右半身を襖に叩きつけた。左足を後ろに引いて臨戦態勢をとる。

「その色の釦、柱だなァ! 柱柱柱ァ!! お前を倒して俺ァもっと強くなって認めてもらうぜェ!」

 騒ぐ鬼の目を見ると、下陸の文字。人間の手のようなものを四つ生やして四足歩行、犬のようだ。これが老人を拐って大半を喰った十二鬼月の鬼か。

「俺の首に付けた傷で倒れてなァ! ウハハハハ!!」
「倒されるのはそっちの方よ」

 口振りからして、この鬼の血鬼術は自分が追わされた怪我を他者に押し付けるものだろう。血鬼術を自分から明かしてくれたのはありがたい。早急にけりをつけなくてはいけないことがわかるから。爆発を避けた姿勢から、再び構える。避けさせない速さで、かつ確実に頸を落とせ。

 ――雷の呼吸 漆ノ型 雪起こし

「オラ、喰らえ――……ッ!?」

 初撃は雷、返し刀は大雪。
 血鬼術で体の傷を跳ね返そうとしていたたのだろうか、呆然とした鬼の頸が畳に落ちた。何事もなく、相手が自身の体の状態を認識する前に倒したという、それだけだ。
 鬼の体が崩壊していく。鬼の気配はもうないし、一先ずこの件はこれで一区切り。事後処理は担当じゃない。やって先ほどのご老人の手当てくらいだ。あと家の件を親戚に聞いてみるのも、職務ではないけどわたしがやることではある。家に着いたら手紙でも送っておこう。
 近くにいる隠を数人引き連れた鎹烏が、なにか手紙を持って戻ってきた。手紙を受け取り読まずに一度懐にしまい、階段を下りて庭へ向かう。変わらず日の差す場所に先ほどの男性がいた。空になった水筒を受け取り、傍らにしゃがみこむ。

「鬼狩り様、ありがとうございました。飲み食いも久しぶりで腹が喜んでますわ」
「いえ、これがわたしたちの使命なので。他に生きている方がいらっしゃるか、ご存じですか?」
「いや、儂以外にはおりません。皆あの獣のような鬼に喰われてしまい……」

 十二鬼月の鬼が人を捕らえ体の一部のみを喰い、もう一匹はその余りを喰っていた――ということでいいのか。あの死体の山に呼吸はなかったし、この老人が雑魚鬼に捕まっていなかったら一人残らず亡くなっていただろう。この辺りの警備を担当しているのがこの場にいればもう少し早く解決できたのだろうけど、見回り担当がいない期間というのはどうしてもできてしまうものだから仕方ない。けれど……

「すみません。もう少し早く来れていれば、あと幾人か助けられたのでしょうけれど」
「いいや、これで街の人が枕を高くして眠れるようになります」
「……まだしばらくは鬼に警戒するように、街の人にお伝えください。鬼は皆、藤を苦手とするので藤の香など焚くとよいかと」

 このあたりに鬼の伝承はあまり伝わっていないらしく、藤の花のことも最終選別のときに初めて知ったくらいだ。女学生のころの花が好きな友人がくれた藤のドライフラワーがなければ、わたしもこの家で亡くなっていただろう。

「あちらにいる『隠』という者に送らせます。どうかお気を付けてください」
「鬼狩り様、なにか助けてくれたお礼でもさせていただけませぬか」
「……いえ、この後すぐ元の持ち場に帰らなくてはいけないので。気持ちだけありがたくいただきます」

 腕と足の欠けた遺体を運び出している隠たちのうち、しっかりした体格の男を呼びつける。老人を背負いながら玄関から出ていく隠を見送って、遺体の積まれた部屋へ向かった。

「不明になった人数と数は合う?」
「は、はい! 鳥居様が助けた先程のご老人を足すと、ここの部屋にあった遺体の数と行方不明になった老人の数は一致します」
「そう。なら遺族への説明とか後始末はよろしくね」
「はい! お疲れ様です!」

 頼もしい返事だ。見たことない顔だったけれど、最近隠になった人だろうか。いきなり首から上だけの死体を扱うなんてかわいそうね。
 後のことは隠たちに任せて、早めに東京に帰ろう。御館様へご報告に行かなくてはいけないし、他に仕事も増えているはずだし。玄関を出て、そういえば、と先程鎹烏が持ってきた手紙を開いた。

「……そっか。善逸くん、ちゃんと鬼狩りできてるのね」

 師範から送られてきたその手紙には、善逸くんが初めての任務を無事に終えたと書かれていた。
 庭の柵に肘を乗せて、見下ろせる街を眺めた。……あの日置いてきた景色にまた出会うだなんて、思ってなかったなあ。吐いたため息は熱かった。


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