(本編からだいぶ時間が経ってるので姉弟子が内心デレデレしてます)

 ――善逸君が機能回復訓練に取り組んでくれないのです。ゆきさんからも何か言ってやってくれませんか?

 ……なんて言葉でそこまで仲の良いわけでもないしのぶさんに誘われて、どうして私はほいほいと乗ってしまったんだろう。私ってば、本当に師範の言う通り弟弟子が関わると途端に甘っちょろいなあと思いながら彼女の屋敷へ足を向ける。御館様のお屋敷から歩いてすぐなのは、とても羨ましいことだ。そういえばあのお屋敷にはしのぶさんの継子がいたっけ。私も継子を育てるの、考えとかなきゃな。善逸くん? いや、彼はきっと私じゃ駄目だろう。それにもし彼を継子にしようものならそれはもう甘やかしてしまう。でろでろにだ。柱合会議のときに会った村田なにがしの隊服のように。いやそもそも彼は弟弟子であって、それを指導するのはなんとも師範に申し訳が立たない。やっぱりなしなし。
 そんなことを考えながら歩いていたらすぐ着いてしまうあたり、胡蝶の屋敷は本当に立地がいいなあだなんて思いながら扉を叩いた。

「ごめんくださいませー」
「あら、鳥居さん。お久しぶりです。またお怪我されたんですか?」

 戸の奥から覗いた顔は確かアオイさんだったか。先日怪我したときは彼女にいろいろとお世話になったものだ。その時の傷がある右手を振りながら、とりあえず要件をさっと述べることにしよう。

「ああいや、今日はそうじゃなくて、しのぶさんの頼み事で善逸くん――えっと、我妻善逸に会いに来たんです」

 善逸くん、と名前を出した瞬間、彼女の顔が曇った。機能回復訓練に取り組まない、としのぶさんが言っていただけあってか、アオイさんの彼への態度が手に取るように分かってしまった。善逸くん、今度はいったい何をしでかしたの。

「そういうことなら、彼は今訓練場にいますけど……。訓練に来なくなった彼ともう一人になんとか訓練を受けさせようとしているところです」
「それを私からも説得するように頼まれていて……とにかく訓練場にいるんですね、急いで向かいます」

 アオイさんに頭を下げて、行き慣れた訓練場へ向かう。戸を勢いよく開けるとそれはぴしゃりと音を立てた。

「あらゆきさん、お早いですね」
「弟弟子の名前を出されて急がないはずがないでしょう、むしろあなたはそれを分かって私を呼び出したものだとばかり」

 室内に目を走らせると、最後に会ったときからだいぶやつれた善逸くんが目に入った。右腕が服の裾から見えなくて、心臓が止まった気がした。

「……善逸くん、その腕……」

 駆け寄って右袖を掴む。腕の感触が、ない。

「……何かあったの」

 思ってたより低い声が出て、自分でも驚いた。目の前の善逸くんはもっと驚いているし、さらに言えばこの場にいるしのぶさんも含めた全員は私の行動に驚いている。

「あ、あの、鳥居さん」
「答えて善逸くん、何があったの」
「那田蜘蛛山の鬼に打ち込まれた毒の後遺症ですよ。ちゃんと薬を飲めば治りますからご安心を」
「しのぶさんには聞いてない!」

 絞り出すように叫ぶ。冷静に考えれば彼女の口から聞いたほうが正確に分かるんだろうけれど、どうしても彼の言葉で説明してほしかった。

「え、あの、いましのぶさんが言った通りで……後遺症とかは残らない、みたいです」
「そっか、よかった……」

 握っていた右袖をそっと離した。手のひらの上で広がる袖口は、きっと善逸くんの腕が元に戻るのを心待ちにしているんだろう。

「オイ、そいつは誰だ!? 強いのか!?」

 しんみりとしているところに、猪の頭をかぶった人物――声からして少年だろうか――がわたしに声をかけてきた。もう一人いるのはこの前の柱合会議で会った竈門くん。この場にいる人の中で唯一知らない人だ。

「私は鬼殺隊の柱の一人、鳴柱の鳥居ゆき。……あなたは?」
「俺は嘴平伊之助だ! 怪我が治ったら俺と戦いやがれ!」
「嘴平くんね。えーと、それじゃあ私と戦うためにも早く怪我が治ることを祈っておくよ。言っておくけど、機能回復訓練くらい軽くこなせなきゃ到底敵わないだろうから、頑張ってね」

 勝てるかどうかはさておき、とは言わずに。でもこの子、なんだか不思議な感じ。どの流派でもなさそうな――もしかして独自の流派を編み出したとか? すっごく興味深い。治ったら一戦交えるのを本格的に検討しておこう。

「……伊之助、ゆきさんに向かって何て口の聞き方だ……!!」
「なんだとテメェやんのか!?」
「はいはい、伊之助君も善逸君も落ち着いて。まだ機能回復訓練は終わってないですし、そもそもゆきさんも忙しい中来てくださったんですからあんまり引き留めないように」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ善逸くんと嘴平くんをしのぶさんが諌めているのを見て、自然と頬が緩んだ。……そっか、善逸くんにも親しい友達ができたんだな。自分のことじゃないのに、すごく嬉しい。

「あの、鳥居さん。少し聞きたいことがあるんですが」
「え? ……ってああ、竈門くんか。話って?」

 ぼーっとしていたところを、ちょうど手持無沙汰だったのか竈門くんが話し掛けてきた。この子は水の流派の子だっけ。確か冨岡さんの弟弟子、か。

「鳥居さんはヒノカミ神楽って聞いたことありますか?」
「ヒノカミ神楽……? いや、聞いたことないかな」
「それじゃあ、火の呼吸や日の呼吸なんてものはご存知ですか?」
「炎の呼吸のならあるね。ほら、この前の柱合会議で見たでしょ、炎柱の煉獄さん。炎の呼吸のことなら彼に聞いたらいいと思うよ。……あ、わたしからも質問いいかな」
「俺に答えられることならなんでもお答えしますよ。……あ、でも鬼舞辻無惨に関してはあまり教えられることはないと思います」
「そっか……まあそっちはいつか公式の場で聞かされることになりそうだし今日はいいや」

 鬼舞辻の情報はここで個人的に聞くより柱の皆で共有した方がいいことだろうし。視界の隅でぎゃあぎゃあと楽しそうにしている善逸くんを見て、また口を開いた。

「善逸くんと仲良くしてくれてるんだっけ?」
「そうですね。鬼殺隊に入って2回目の任務のときから伊之助と俺と一緒に行動してます」

 そう答える竈門くんは柔らかい表情をしている。善逸くん、いい友達を持ったな。師範のところにいたときと比べて明るくなったようにも見える。安心した。と同時に、自分がそうできなかったことが惜しまれた。

「……実は今日、善逸くんに機能回復訓練をやるように言ってくれってしのぶさんに頼まれて来たんだけど、あの状態ってやっぱりもうひと押し必要かな?」
「多分あの調子なら、鳥居さんが頑張れって声を掛ければ真面目に取り組み始めると思いますよ」
「そっか。ありがとね、竈門くん。これからも善逸くんをよろしくね」

 日も少し傾いてきた。あまり長居するわけにも行かないし、そろそろ帰ろう。

「しのぶさん、わたしそろそろお暇しますね」
「あら? もっと長居していってもいいんですよ」
「そうしたいのはやまやまなのだけれど、ちょっとね。……あ、そうそう、善逸くん!」

 ちょっともなにもないけど、そろそろお茶漬けがどうとか言われそうな気がするし。最後にひとこと掛けようと善逸くんを呼ぶと、彼は嘴平くんを引き剥がしてこちらへ走ってきた。

「ゆきさん! もう行っちゃうんですか?」
「あんまりお話できなくってごめんね。そうだ、せっかくだから機能回復訓練が終わったら一緒に新しくできたパーラーにでも行こうよ」

 あまり直接的に言うよりか、ちょっと回り道して伝えたほうが多分いいだろう。見え透いた罠だけど、彼なら乗ってくれるという確信はあった。

「ゆきさんと……パーラー……」
「嫌いなら別の場所でもいいんだけどさ。今まで頑張ってきたんでしょ。これはそのねぎらいってことでさ」
「行きます! ゆきさんとなら、パーラーじゃなくてもどこでも!」
「それじゃあ鎹烏……は私的過ぎてだめかな。とにかく3人がここを出る日が決まったらしのぶさんに教えてもらって当日迎えに行くよ。……それじゃわたしはこれで。また諦めたとか聞いたら約束はなかったことにしちゃうかもね?」
「……が、頑張ります!」

 ほーら、予想通り。この弟弟子ってば、本当にかわいいんだから。

「善逸くん、頑張ってね。竈門くんも嘴平くんも」
「ありがとうございます」
「鳴柱ヤロー、覚えとけよ! 次会ったら勝負だ勝負!!」
「誰に向かって鳴柱ヤローとか呼んでんだよ伊之助ェ!!」
「善逸も伊之助も喧嘩を始めるな! ……すみません、あとはなんとかしておくので今のうちに帰っちゃってください」
「何というか……心中お察しするよ……」

 善逸くんと嘴平くんを諌める竈門くんは、微妙に自分に重なるところがある。ふう、と息をついて、訓練所の扉を開けた。廊下に出たところに立っていたしのぶさんに頭を下げる。

「なかなかな手腕でしたね。我妻くんだけじゃなくて嘴平くんまでやる気にできちゃうなんて、さすがゆきさんです」
「……それ褒めてるつもり?」
「もちろんですよ。何を急いでいるのかは存じませんが、3人が任務に戻れるようになったら連絡しますね」
「ありがとう、助かるよ。それじゃあ、またその日になったらよろしくね」

 るんるんと駆け出すのを抑えてるの、気付かれてる気はする。緩みっぱなしの口もとだけはどうやっても抑えられなかったんだし、そりゃそうか。

「……ふふ、善逸くんとパーラー、楽しみだなあ」


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