長時間揺られていた汽車から降りて、ついに大阪の駅に降り立った。わたしの普段の管轄範囲から外れた場所だけど、どうやらこのあたりの担当は十二鬼月の討伐に駆り出されていると聞いた。風の匂い、温度、街行く人の顔つき。そう、全部が――

「……久しぶりだなぁ」

 もしかして知り合いの一人くらいいるだろうか。東京ほどではないけれど、大阪も人が多いから、名前を名乗りさえしなければ誰にも気付かれないかも。だって、ここを離れてからもう十年は経ってしまった。わたしだって当時の知り合いのことはほとんど覚えていないからお互い様、それに知られているより知られていない方が鬼狩りとして行動しやすい。
 ――そう、わたしがここにいるのは帰省や墓参りではなく仕事の一環だ。ここのところ毎晩年寄りがどこかへ消えていくという噂によって呼び出された訳だけれど、具体的な場所は分からない。鬼の仕業とみられているが仔細は不明。そういった調査も含めて、適任だと判断されたわたしに一任された。鬼と関係なければ撤退、関係してるのであればそれを倒す。徹底した隠密行動、かつ素早さが必要な任務だ。願わくば犯人は鬼であってほしい。鬼であれば、わたしが対処していいのだから。
 聞き込みがてら立ち寄ったミルクホールで新聞を眺めながら関連していそうな情報がないかを探す。小さな見出しに老人が連続して失踪しているとあるのを見つけた。どれも寝る前にはいたはずの老人が朝になると寝室から姿を消す、という流れだそうだ。血痕や家財が荒らされている様子はない。老人が住んでいる家、部屋に迷いなく侵入している。このあたりに最近まで住んでいた人が犯人だろうとその文は締めくくられていた。ありがたいことに被害に遭った家の位置は地図上にまとまっている。
 家族と共に暮らしている人であれば、警戒して一人で寝ないだろう。関連情報の頁を見れば、広い空き屋敷に一人暮らしの老人たちを集めようという計画もあるらしい。……というかその家は単なる空き屋敷ではなく、鬼に襲撃される前にわたしが住んでいた家だった。まあ確かに空き屋敷だ。一人ではどうしようもないので遠い親戚に管理をお願いしたけど、ひと部屋血塗れの間があれば手放したくなるのも頷ける。
 懐かしさに浸りつつ、襲撃するならこの屋敷に来るんだろうな、とも思った。
 いや、むしろ――既に潜んでいるのかもしれない。
 『鬼に襲われた一家』が住んでいた屋敷に度胸試しに入る人がいないとは限らないけど、普通の人なら避けるだろう。それに、失踪した老人の部屋には血痕はないから鬼は老人をその場で食べてはいないだろうし。鬼の隠れ家まで老人を運んでいるのであれば、周囲に他の家がなかったわたしのかつての住処は潜むのにもってこいだろうから。
 気付いたのなら行かなくちゃ。鬼の棲処の予想が当たっていれば、昼のうちに倒した方が他人を巻き込まずに済む。
 広げていた新聞を畳んで元々入っていた棚に差し込む。シベリアを牛乳で飲み込んで席を立った。

 ……これ以上、あの家に鬼をいさせてたまるものか。


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