飛び飛びの記憶を拾い上げて

 部屋に戻ると、冨岡くんは相変わらずベッドの端に座っていて、髪の毛を拭いていた。さっき脳裏に浮かんだ首筋に張り付いていた髪も拭われていてほっとした。
「朝早いんだね」
「起こしたか?」
「いや、普段からこれくらいだよ」
  残りはお風呂上がりに飲もう、と中の水が多い方のペットボトルを冷蔵庫に戻す。うっかりで目を合わせないようにさっき見ていたホテルの案内をまた広げた。
 洗濯機は有料ですが各階にあります、アイロンは必要ならフロントに電話してください、防犯の関係上チェックアウト時間前にビルの外には基本的に出られません、フロントにあるカップの自動販売機は無料でご利用いただけます、などなど。コーヒーでも貰ってこようかな……。
「鳥居、なにか書いてあるか」
「わっ、……はいこれ、とりあえず九時半までは建物から出れないみたい」
 気が付いたら横から覗きこまれていた。宿泊案内を渡せば離れた場所で読んでてくれるだろうと冊子を手渡すと、冨岡くんはそれを受け取ってページをめくり始める。ベッドに座る姿勢のいい背中に向けてそっと溜め息を吐いた。
「ていうか珍しいね、冨岡くんあんまり飲み会参加しないでしょ」
 月イチの飲み会はほぼ全員参加してるはずなのに、一年半の間一度も冨岡くんの姿を見たことがなかった。今日も冨岡はいないのか、 と言う不死川先生の声を昨日は聞かなかったな、なんてことを思い出した。思い出したいのはそこじゃないんだけど。
「……今回の参加不参加のアンケートがあったのが出張中で、煉獄先生に勝手に参加で申し込まれていた。それに一学期は大会で不在にすることが多かったから、参加するのが礼儀だと思った」
 ……さすが、煉獄先生。私も一回やられたことがあった。
 確かに剣道部はここ数年強くて、冨岡くんはよく大会の引率で休んでいた。 委員会の書類やなんかも、おかげでちょっとスキルがついた。
「お酒は強い方?」
「人並みには飲める。大学の時よく付き合わされた」
「あー……そうだよね、武道系サークルって飲み会多いって聞くし。剣道だよね?」
「剣道部だ」
 剣道"部"と訂正する声は結構強めの口調だった。部活とサークルじゃ違うよね、ごめんね。そう、中等部の入学式でやたらと姿勢がいい彼の姿が目に入って、自己紹介のときに小学生のころから剣道やってるって聞いて納得した覚えがある。……だから、思い出したいのはそんなことじゃないんだってば!

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