夜を飛び越えて

「起きたか、鳥居」
 わたしの名字を呼ぶ声に、ペットボトルにやっていた目線をシャワールームの入り口に向ける。
「……冨岡先生?」
「先生はつけなくていい、休日だ」
「それもそっか」
 ……それにしても、いくらわたしが寝てたと思ってたとはいえ異性と二人でホテルにいるのにタオルを下半身に巻いただけの姿ってのもどうなんだろう。まあ冨岡くんそういうこと気にしなさそうだけど。
「とりあえず服着て。パジャマとか置いてあるかな? あと冷蔵庫にある水は飲んでいいみたいだよ」
 服を着てとは言ったものの、一晩着ていた服をまた着るのは抵抗あるかもしれない。適当にクローゼットを開けるとバスローブがふたつあった。片方をハンガーごと渡すと、冨岡くんがそれに袖を通した。よく冷えたミネラルウォーターを飲む彼の喉が動く。半分くらい一息で飲んで、わたしが飲んでいたボトルの横に並べるように置かれた。
「鳥居もシャワーを浴びるといい」
「あぁうん、そうだね。……冨岡くんさ、どうしてここにいるか覚えてる?」
「宇髄先生に飲まされたのは確かだが、店を出る記憶すらない」
「わたしも似たような感じだなあ、まきをさんたちが……」
 ……さてはそこの四人で組んでるのでは? いや、でもさすがに面白がってラブホテルに男女を押し込むほど性格悪くはない……はず。素面なら。押し込まれた当人を含めて誰一人として素面じゃなかったけど。
「お風呂入りながらちょっと思い出してみる……」
「湯船はあるが湯は張ってない」
「ああそう、じゃあ溜まるまで話してよう。冨岡くんは湯船浸かる?」
「……いや、いい」
「そっか、わかった」
 返事を聞いてから一人で向かった浴室は家のそれより広い。その理由に思い当たって頭を抱えたくなった。足の裏を濡らす水だとか、ベッドの隅に座った彼の濡れた髪が首に張り付いていたのだとか、普段なら気にしないことを気にしてしまう。絶対場所のせいだ。浴槽の床と違って乾いているバスタブの蛇口をひねった。跳ねる水滴は体温より高い温度のはず。
「はぁー……」
 昨日のわたし、なんの話をしてたんだろう。一人で考えていてもなかなか思い出せないけど、今あちらに戻るのも憚られる。完全に自爆だ。自分の思考で勝手に恥ずかしくなっただけ。でも、冨岡くんと話すって言ったのはわたしだし。目を合わせなければ、多分平気だ。ほんのり浴室の床の模様がついた膝をあげた。

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