思い出せない夜のこと

 ……うちのベッドじゃ、ない。
 飲み会で飲まされ過ぎて、そのまままきをさんの家にでも連れて帰られたんだろうか。飲ませてきたのは彼女たちとは言え申し訳なさでいっぱいだ。会ったら頭下げよう。それにしてもすごい部屋だ、まきをさんの趣味とは遠そうだけど宇髄先生の趣味? いやいや誰だってこんな部屋を寝室やら客間にはしないだろう。だってこれじゃあまるでホテルみたいな――
「ってホテル!?」
 がばっと起き上がると、体にかかっていた布団がめくれあがる。どう見てもこれは二人用のベッドで、隣に人ひとり分のスペースだけ残っている。すぐ近くで誰かがシャワーを浴びる音が聞こえる。
 紛うことなくホテルだ、食堂がない方の。一縷の望みをかけて足元にあるだろう靴を覗き込んだ――無論そこには私のパンプスと男物の運動靴が1足あった。
 ……ひとます顔を洗おう。これだと昨日メイクを落としたかすら怪しい。足元に揃って置かれていたスリッパを履いて、洗面台を探す。風呂場と別にあるという点はこういうホテルでよかったかも。やっぱり落としてなかったメイクを落として、とりあえずこの同室の男が誰であってもいいように化粧した。
 そう、結局誰なんだろう。運動靴はランニングシューズのようなデザインで結構使い込まれていた。普段から履いてそう。どうだっけ、そんな先生いたかな。同僚でもそうでない行きずりのワンナイトでも、どっちでも嫌だ。前者なら月曜日に会ったときに気まずいし、後者はちょっと精神衛生上無理だ。ていうか何をどうしたらこんなことになるんだろう。お酒の飲み過ぎはよくない。自戒だ自戒。
 部屋はそれなりに広く、ベッドの横に寝転がれそうな大きなソファーがあった。せめて起きたらここだったら同じ布団で一晩寝ていたって思うこともなかったのに。そんなため息を吐きつつ、ローテーブルに置かれたホテルの案内に目を通すことにした。このホテルはチェックインの際に前金制です、チェックアウトは九時半から十二時までにお願いします、朝食は七時から九時まで無料ルームサービスをご利用いただけます、冷蔵庫内のミネラルウォーターはサービスです……など。大きなテレビの横にあるデジタル時計で時間を確認。まだ五時半だ。それと水が無料なら貰ってしまおう。冷蔵庫の中では天然水のペットボトルが二本冷えていた。一本だけ取り出してそのまま口つける。体の中から冷えて、少し冷静さを取り戻した。
 ――そうだ、わたしが起きたときには服がそのままだったから、きっとなにも起こってはない……はず。多分なにかがあってここにチェックインして、事に及ぶことなくベッドで寝た。それが考えられる一番ましな筋書きだし、状況からそれを否定されることもない。そうあってくれという、これはもう最早願いだ。
 シャワーの音が止んだ。せめて話が通じる人で頼む。ペットボトルの結露と手の汗とが混ざる。シャワールームの戸が開く音と、誰かの足音。
「起きたか、鳥居」
 聞き覚えのある声、というか、聞き間違えようのない声。
「……冨岡先生?」

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