姉弟子と善逸

「さ、好きなもの頼んでいいよ」
「ほほほほんとにいいんですかこんな甘味天国に連れてきてもらってしまって」
「約束したでしょ。機能回復訓練頑張ったんだから、ごほうびってことで」

 ほらほら、と品書きを善逸君の方に押しやる。わたしは予め頼むものを決めていたので、品書きはあくまで値段の確認程度に一瞥しただけ。善逸くんは品書きと店内を交互に見ている。何を頼むか考えているんだろう。

「……決まりました!」
「そう、それじゃあ注文しましょ」

 店員さんを呼ぶ。わたしが頼むのは蜜璃さんにおすすめされたフルーツポンチで、善逸くんはクリームソーダ。確かそれもおいしかったって言っていたかも。さすが甘いもの好きの善逸くん、お目が高い。

「それにしても、無事に治ってよかったよ」

 この前見たときはなかった右腕が、すっかり元通り。傷もなく、感触も違和感なく動くらしい。机の上に投げ出された右手を取って、両手で触って実感する。形や大きさはわたしのそれよりしっかりしている。

「ほほほんとに! そう! ですね!」

 わたしが触っていた右手がぶんぶんと縦に振られて、机の上で握手しているみたいになってしまった。善逸くん、確実に場馴れしてないのと急に手を触られたので動揺している。つとめて冷静に、目線を激しく動かす善逸くんに謝罪の言葉をかけなくては。

「ごめん、いきなり触っちゃって」
「いやいや、嫌とかそういうのではないんで!!」

 ますます話が合わなくなってきた。それどころか今度は逆にわたしの手を取って触りはじめた。いや、さっきわたしがしてしまったことだからいいんだけど、くすぐったい!

「な、なになにどうしたの……?」
「あっいやあの、なまえさんの手に触るつもりはなかったんですけど手が勝手に!」
「それならまた蝶屋敷に戻る? ついていってあげるよ」

 怒る気はない。ちょっと面白くなって、からかってみる。……目を逸らされた。硬直した彼の右手から抜け出して、給仕が持ってきた水をひと口飲んだ。グラスと露の向こうに、依然固まったままの善逸くんの顔が見えた。
 程なくして注文の品がやってきた。背の高いグラスの中、琥珀色の液体の上に白い饅頭のような形をしたものが乗っている。善逸くんが注文したクリームソーダがそれらしい。クリームソーダを運んできた女性に少々お待ちくださいと頭を下げられ、わたしは善逸くんに先に食べるように促した。

「上に乗っているアイスクリームは溶けやすいのでしょう? せっかくなのだから、おいしいうちに食べたほうがいいでしょ」
「いや、さっきの給仕の人が店の奥から慎重になにかを運んでくる足音がするので」
「……そっか、善逸くんはそれがフルーツポンチだと思うんだ?」

 善逸くんは耳がいい。彼に聞こえる足音は、わたしには聞くことができない。だから本当にフルーツポンチがやってくるのかどうかはわからないけれど、泡がしゅわしゅわと弾ける琥珀色を眺める善逸くんを見ていると、案外すぐ来るんじゃないかだなんて思ってしまう。果たして先ほどの給仕が脚の長いグラスを持ってこちらへやってきた。グラスの中には色とりどりのフルーツが並んでいる。それをわたしの前に置いて、彼は立ち去って行った。

「……それじゃあ、いただきます」
「いただきますっ!」

 いただきますの後で、金色のスプーンでアイスクリームを掬う善逸くんとフォークとスプーンで果物を口に運ぶわたし。
 おいしい、と言おうとして顔をあげると、同じタイミングで顔をあげた善逸くんと目が合った。

「善逸くん、それ、どう?」
「おいしいです。冷たくて甘くて」

 ……それならよかった。


[ 3/3 ]


back


back to top


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -