姉弟子inキメツ学園

「冨岡先生、委員会の資料できました」
「これを運んだら確認する。俺の机の上に置いといてくれ」
「はあい」
 気の抜けた返事を返しても、射抜かれるような目で見られたりはしない。わたしは彼が口うるさく叱る対象である学生ではないし、今年度風紀委員会の副顧問に任命されたばかりだから。そもそも資料は本来顧問の冨岡先生が作成するものであって、決して昨年のデータを副顧問に渡して作って貰うものではないのだと思う。まあ、そこは冨岡先生の裁量ってやつだし、つい先週の土曜日まで出張だったから仕方がないところの方が多いと思うけど。冨岡先生の机の上はあまり物がなくて綺麗だ――少なくとも職員室の方は。体育教師控室をメインに使っていると聞いているので、大半の荷物はそっちに置いてあるんだろう。印刷機から出てきた委員会資料の原本を、手のひら大の魚の文鎮の下に敷いた。
「わたしこれからコーヒー淹れるんですけど、冨岡先生のぶんも淹れときましょうか?」
「頼む」
 教科書を山のように積んだ台車を押したジャージ姿の背中がドアの向こうに消えていくのを見届けてから、給湯室に向かった。つい先日、校長がメーカーの人と仲良くなったとかなんとかで給湯室に現れたコーヒーマシンは教職員の人気者で、職員であれば誰でも自由に飲んでいいらしく、時間帯によっては行列ができたりもする。この時間は職員室にいる人間が少ないため、二人分くらい持っていっても咎められないだろう。冨岡先生はいつもブラックを飲んでいる。わたしは何を飲もうかな、と思いながら、使い捨てのカップに最後の一滴が注がれるのを眺めていた。


 部活もなく、委員会もなく、急ぎの仕事もなく。
 一応五時まで職員室で質問待ちをしていたけど特に生徒が来ることもなく、今日は早々に退勤できた。帰りがけにもらってきたコーヒーメーカーのアイスカフェオレ片手に家への道を歩く。家から近いことを理由に通っていた数年前と同様、自分が暮らす家はキメツ学園の近くにある。
「……ちゃん、なまえ姉ちゃん!」
 後ろから聞き覚えのある声がした。振り返ると予想通りの人物が、コンビニの袋を片手に立っていた。
「ぜ……我妻くん、今帰りなんだ。……それから、平日は先生って呼んでって言ったでしょ」
「帰り道だからいいかなって思ったけど、駄目?」
「だめです。先生って言わないと返事しないよ」
 風紀委員的に寄り道は咎めたいけど、特に寄り道を禁止する校則はなかったはずだ。袋から伸びた透明のストローの中をチョコレート色の液体が上っていく。紙パックに躍るココアのロゴが透けて見えた。
「委員会の方、我妻くんのお陰で大分助かってるよ。朝の当番サボらずに来てくれる人ほとんどいないから」
「それ、……冨岡先生も言ってる?」
 冨岡先生の名前を出す前に少し間をおいて、声のトーンは疑問系なのに声は呟き程度の小ささで。善逸くん、冨岡先生のこと苦手なのかな。
「うん、冨岡先生もね。もちろんわたしも」
「マジで!? 一回も言われたことないしむしろ髪染めろだの騒がしいだのしか言われてないんだけどっ!?」
「冨岡先生、めったにそういうこと言わない性格だからね……」
 善逸くんへの誉め言葉だって、彼の話を振ったときにちらりと溢しただけのものだし。余計なことを喋らないというか、喋らなすぎて意図を汲めない上に生徒に対して声をかけるより先に拳をあげてしまうのだから。毎年何を考えているかわからない教師ナンバーワンに選ばれるだけある。
「それで、わたしも我妻くんがこれからも頑張ってやってくれると嬉しいなーって思うんですけど、どうでしょう?」
 善逸くんが風紀委員をやめたがっている、というのはここ最近彼の担任から聞いた話。冨岡先生に絞られているのだからそうなるのもわからなくはないし、顧問をカバーするのも副顧問の役目だろう。幸い善逸くんの性格は熟知しているし、引き留めるのは容易い。
「やるやるやります! そりゃもうなまえ姉……なまえ先生に言われたからには!」
「よろしいっ」
 こんど善逸くんがご飯を食べに来たときはデザートもつけてあげよう。そんなことを心に決めて、楽しい帰り路を歩んだ。


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