第四話

 東京で一週間、大阪で二日間。何事もなく――本当に何事もなく、舞台は終わった。お酒は飲んでいないのに頭が重くて気が付いたらチェックアウト時間まであと十分というところまで時計の針が進んでいた。慣れない場所でもしっかりした寝床であれば寝られるのは公演期間中大変役に立ったけれど、緊張の糸が切れたのもあって今日は本当にぐっすりだった。
 枕元でチカチカするスマホを見ると、一緒に帰ろうと言っていた女優さんが先に帰るとのことで、一人で東京まで帰るのか、とため息をひとつ。新幹線に一人で乗るなんて初めてだけど、回数で言えば両手を超えているくらいだから問題はない。……はず。始発駅だから自由席で、しかも時間指定の入った切符じゃなかったことが救いだ。
 メッセージを遡ると、昨晩竜吾さんが写真を送ってきているのに気がついた。竜吾さんとアキラくんと和歌月さん、それにスターズ所属じゃない男女が二人ずつ。『オーディション組のやつらと枕投げした』……遊ぶ余裕があるほど順調に進んでいるのか。いいな。それにしても竜吾さんらしくないし、なんならアキラくんらしくもない。和歌月さんは枕投げをするキャラとは程遠い。きっとオーディション組の誰かの発案なんだろう。
「ふぁあ……」
 毎日ちゃんとまとめておいたおかげで出発までの準備にそんなに時間を要さなかった。化粧はほどほどにサングラスとマスクでごまかす。キャリーバッグを引いてフロントを出たときには最終チェックアウト時間ギリギリだった。新幹線の駅までタクシー。断りを入れてから後部座席で化粧を、三角詩織として見られても問題ない程度に施した。
 平日の昼間だからか、切符を自由席から指定席に変更したからか、他の人の姿はない。SNSで感想でも検索してみようかな、とスマホの電源をつけると、開きっぱなしだったさっきの写真が目に映った。竜吾さんの顔を見ていると、この前の電話を思い出して――

 アキラくん、誰にご執心なんだろう。この二人のどっちかなのかな。そうだとしたらどっちなんだろう。
 そういえば、こっちの茶髪の方はどこかで見たことある気がする。紫の髪の男性も。確か男の方はドラマかなにかで……あ、「ザ・ナイト」か。
 金髪の男の人はもっと知っている。というか昔舞台で共演した烏山くんだ。同い年だったはず。座ってても座高が高い。
 唯一見覚えのない、枕を抱えながらカメラに向かってピースをする黒髪の女の子。一周回って再来年あたりに流行ればいいね、と声を掛けたくなるTシャツ。誰なんだろう。竜吾さんが暇を持て余しているならメッセージを送っても問題ないだろうか。
『一緒に写っている黒髪の女の子の名前を教えてもらえますか』
 送信。即、既読がついた。暇を持て余すにも限度があるんじゃないかな……。夜ならともかく今お昼なのに。もしかして昼休み? ならいいけど……いや、いいのか?
『夜凪景っつーゲロ女』
『女性に対してゲロ女ってのはどうなんですか』
『うっせえ実際俺にゲロかけてきたんだよ』
 ……その撮影、大丈夫なのかな。スターズ主催の映画にしてはだいぶクレイジーなシーンだ。だからこそオーディションを通った人にその役をやらせた、とか? そもそも撮影じゃないかも。船酔いしやすい体質だったのかな。海が荒れてたりしたんだろうか。『お気の毒さまです』とだけ返して画面を閉じようとしたところに、メッセージが届いた。
『あ、そうそう。アキラが気にかけてるのがこのゲロ女』
『和歌月のときのオーディションの最終選考で落ちたヤツ』
 ……ってことは一番最近のオーディション。まだそんなに日は開いてないから、アキラくんと彼女が会ったのは多分その会場だろうけど。落ちたことを慰めるようなことはしないだろうに、何があったんだろう。竜吾さんが知らないことを打ち込んでいて、慌てて会話を終わらせようとそれを消した。
『そうですか。ありがとうございます』
 今度こそ画面を閉じて、舞台の感想を調べようと検索窓に自分の名前を打ち込む。トップに来たのは最新の舞台の記事ではなくウルトラ仮面の最新話についての感想で、自分とアキラくんが写ったカットの写真が添えられていた。


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