第三話

 夕食後、皿を洗う。最後のお皿を洗った後の白いすべすべした表面に水がひとしずく垂れる様は、この前見たドラマで千世子ちゃんが涙を流すシーンみたいに見えた。それを水切りラックに掛けて、つけっぱなしだったエプロンを脱ごうとリボンに手をかけた瞬間、ポケットの中のスマホが細かく振動した。それなりの長さ。電話みたい。連絡してきた人物の名前を確認しつつ、通話スタートボタンを押す。
『おー。三角元気かー?』
「……竜吾さんはお暇なんですか」
 確かアキラくんたちと一緒の映画の撮影なんじゃなかったっけ。夜とはいえ自由が過ぎる。初日からそんなんでいいのか……とは思いつつも、同行したスターズのメンバーを思えば竜吾さんのそれはまだマシな方かもしれない。
『いーや? まあなんつーか、後輩に報告っつーか?』
 ……ろくなことじゃないんだろうなあ、とは口に出さない。出したら帰ってきたときに何言われるかわからない。
「撮影の方はどうなんですか。監督は手塚さんだって聞いてるので多分順調なんでしょうけど」
『順調順調、むしろ順調すぎるくらいだ。千世子がオーディションのやつのミスをカバーしたりとかアキラが3メートル以上ある急な崖走って登ったりとか。……っとアキラの方は誰にも言うなよ、どっからアリサさんの耳に入るかわかんねえからな』
「まあ、そうでしょうね。それで早いところ電話をかけてきた要件を教えてもらえませんか? 切りますよ」
 3メートルの崖、確かそんなシーンこの前撮ったなあ。あれは飛び降りる方だったけど。広がったコートが太陽光を遮る、かっこいいカットだった。
『それと、一葉が撮影中に撮った自撮りをSNSにあげようとしたりとか町田が崖登ってるアキラを見ながら「結婚したーい」とか』
 声真似が似てない。その場にいなかったけどリカさんはそんなくねくねしたトーンでは喋らない。確実に。
『そういえばアキラはオーディション組のなんかよくわかんねえ奴にご執心みたいでな。さっきも様子を見に部屋を抜け出してったぜ』
「えっ」
 なにか、言葉がこぼれる前に喉を締めた。
 熱愛? スキャンダル? 自分とは縁遠く、かつ自分のいる業界とは交わっている数々の言葉が脳裏をよぎる。確かに外部のカメラが来ないのであれば無人島やなんかのロケでの逢瀬は露見しにくいだろう。いや、けど……。
『んじゃ俺の話はこんな感じで。三角は月曜からか? 舞台。がんばれよ』
「ええ、まあ……頑張ります。それじゃあおやすみなさい」
 通話終了。アキラくんのことが、だんだんと自分の心に取り憑いていく。すっかり心臓が重くなってしまったような、そんな奇妙な感覚だった。



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