9/3 渋川千夏


 一昨日新学期が始まって、初めての休日。
 といっても、一昨日は始業式で昨日は昼までだしほとんど宿題出したり先生の夏休みについて聞いただけだし、休日ってほど休む必要もないんだけど。
 目覚まし時計の針を見て、ちょっと寝すぎちゃったかな、と思った。明日から普通に学校だし、ちゃんと授業が始まる教科もあるし、今日は早めに寝ないと。スマホを手に取って、来ていた通知をタップした。我妻くんからだ。『今日は何の日でしょうか?!俺になにか言うことない!?』……あ、そういえば昨日『明日は俺の誕生日だから覚えといて! ついでになんかメッセージ送って!!』とか言われたっけ。誕生日ケーキの描かれたスタンプをぽんっと押した。即既読、からのありがとうスタンプ。暇なのかな。
 朝食を食べて部屋に戻ると、また我妻くんからメッセージが来ていた。

『三時くらいから家で誕生日パーティーするんだけど、もし時間があったら来てくれないかな!?』

 ……そんなのやるなら昨日のうちに教えておいてよ!

―――

 プレゼントの一つでもあった方がいいのかな、と我妻くんの家族へのお土産だか彼へのプレゼントだかわからない缶入りのクッキーを片手に普段の待ち合わせ場所に向かう。誕生日パーティーなのかなんなのかわからないけど、白いタキシード姿の我妻くんが先に立っていた。なんか嫌な予感がする。私を視界に認めた瞬間、犬かなにかみたいに腕をぶんぶん振った。

「……そんなガチなパーティーなの? 私こんな服で来てよかった?」
「全然! とりあえず俺の家早く行こう、荷物持つよ」
「えっ、あ……うん」

 クッキーの入った手提げ袋を手渡すと、そのまま空いた手を取られた。行こっか、と走り出す我妻くんに引っ張られて私の足も動く。嫌な予感、絶賛加速中。

 そのまま手を引かれたまま、『我妻』の表札の家まで走った。走らされた。走るんだったらスニーカーで来たのに。どう考えても走る必要ないけど。

「入って!!」
「ああうん、お邪魔します……」

 竈門くんとか禰豆子ちゃんとかいるのかな。もしかしたら嘴平くんとか来てるかもしれない。嘴平くんは一緒に海に行ったくらいの間柄でしかないから、我妻くんと嘴平くんと三人だったらすごく話に困るんだけど――と思いながら、我妻くんが開けたドアの中に入る。
 壮大な音楽に白で統一された家具、それとやたら大きなバースデーケーキやら七面鳥やらで机の上と私の頭が大渋滞だ。なんだこれ。
 そう、それからもう一つ、部屋の中身なんて尋ねる気にならないくらい気になることがある。

「あのー我妻くん、他に人は?」
「え、いないけど? 俺と渋川さんの二人」
「……帰っていい?」
「ねえちょっと待ってよ!! あのねなにも最初から二人っきりになろうかなーなりたいなーとか思ってたんじゃなくてさぁ!! 禰豆子ちゃんも炭治郎も伊之助も来れないっていうからさぁ!! だから二人になっちゃったっていうか!!」
「当日誘われたら普通は無理に決まってるじゃん!」

 私はその穴埋めとして呼ばれたとか? いやいや、いくら善逸くんといってもさすがにそこまでの人間じゃないか。そこまでクズじゃない、はず。皆に同じタイミングで同じメッセージを送って断られたってことだと思おう。

「……とにかく、この山を私たちで全部消費しなきゃいけないってこと?」
「そそそそういうことではなく! 余ったら俺が全部食べるし!!」
「そ、そっか……」

 あ、そういえば、対面して言ってなかった。

「誕生日おめでとう、さっきの袋プレゼント」
「え!? ほんとに!? 女の子からの誕生日プレゼントなんて生まれて初めて!! はああ幸せ!! 開けていい!?」
「って言ってもさっき買ってきた缶に入ったクッキーだけど」
「ねえ渋川さん、いや千夏ちゃん結婚しようプレゼントくれるってことは俺のこと好きってことでしょ!?! 千夏ちゃんへの誕生日プレゼントは婚姻届でいいかな俺全部千夏ちゃんが書くところ以外埋めとくからさあ!!」

 ……んんん?

「ちょ、ちょっと待って今何って言った?」
「結婚しよう! いやしてくれ俺と!!」
「……待って、ちょっと待って」

 話の流れが全く理解できてない。なんで結婚? しかも今!? ……だめだ、考えれば考えるほど頭がおかしくなっていく。こういうときの我妻くんに普通の会話を求めちゃいけないんだった。

「……一昨年の家庭科の授業」
「えっ何急に、どうしたの千夏ちゃん? 子育てにおける母親の不安について? そこまで既に考えてくれてる!?」
「現代の日本で結婚できる年齢、覚えてる?」
「ええと、女性が十六歳で男性が十八歳だよね」
「……我妻くん、今何歳?」
「……あっ、えっといやそうではなくて!! 千夏ちゃんの誕生日に即婚姻届提出とかじゃなくって!! 未来の約束でもいいからさぁねえ!!!」
「それ以上言うなら今度一切一緒に登下校しませんし必要最低限を除いて口もききません」
「はいすみません黙ります! だから登下校だけは!! お願いだよおぉぉそんなこと言わないでよおぉぉぉ」

 夏休み前に聞いたような言葉を叫んで土下座する我妻くんに、手を差し伸べる気にもならなかった。

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