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「――ってことがあったんだけどよォ」
「そうですか、ありがとうございます」
 ……わたしの声、今、震えていないかな。壁についていた手がゆるく握られていく。左右田さんが告げた名前には聞き覚えがあった。一年くらい前にネットに転がっていたわたしの事実無根の噂話を昼間のワイドショーで放映した男だ。それが母親と一緒に来た? ろくな案件じゃない。
 左右田さんに話を聞きたくて、冷蔵庫の中身を思い出す。大量にもらった缶コーラ、まだ残ってたっけ。多分昨日見たときは五・六本あったと思う。確かチョコレートも冷えてるはず。
「一息、ついていきません? 外、暑かったでしょうし」
 今日はまだ一度も部屋の外に出ていないけど、昨日と変わらず暑いんだろうなあ。左右田さんが何をしてたのかわからないけど多分研究教室帰りだろうし、来てくれるんじゃないかな、なんて希望的観測だ。
「あー……いや、部屋帰って寝るわ。徹夜しちまってよ」
 確かに昼ご飯を食べに帰ってくるには早い時間だし、少し考えたら昨日は昼から寄宿舎に誰もいなかったから、その時間から研究教室にいたんだろうか。睡眠もそうだけど、お腹すいてそう。
「そうですか。ありがとうございました、その……伝えてくれて」
「おう、またなんかあったら言ってくれよ。じゃあな」
「ええ、おやすみなさい」
 左右田さんの姿が見えなくなってからドアを閉めた。鍵までしっかり。
 左右田さんは帰ったって言ってたけど、今日は寄宿舎から出ないようにしよう。できれば部屋からも。ちょっとして昼ご飯を食べるときに弁当箱に夜ご飯分まで貰えば、きっと問題ないだろうし。



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