7




 ネズミに配線をかじられて一時的に使用できなくなっていたエアコンはどうやら直ったらしい。そもそもかじられた箇所とネズミの死体は別の部屋ですでに見つかっていたらしく、一応点検しとくか、程度の軽いもので終わったみたいだ。

「……っと、これで終わりか」
「お疲れ様です。コーラはありませんが麦茶でもどうぞ」

 グラスに入れた麦茶をテーブルの上に置く。自分用のマグにはコーヒー牛乳が入っている。この暑さじゃ甘いものでも飲まなきゃやってらんない。左右田さんが麦茶に手を付けたのを見て、帰りがけに買ってきたお菓子の量販店のレジ袋を手繰り寄せた。

「左右田さん、お菓子食べます?」
「紙パックジュースも菓子も、いろいろ買いすぎだろ……つーかこれ全部一人で持って帰ってきたのかよ。重くなかったのか?」
「やけ食いなりやけ飲みなりしようかと。それと踏み潰す用の紙パック買い足そうかと思ってまして。だから全部500ミリパックなんですけどね。それでタクシーで帰ってきたんですよ」

 これで私が20越えてたら今頃泥酔状態でしょうよと冗談めかして言えば、さすがにそれは手に負えねえぞと笑われ。

「そういや城咲、オメーなんでこの時期にまで寄宿舎にいるんだ? 他の奴ら帰省とかで全員いなかったのによ」
「あぁ、ここ数日静かなのはそれですか……。仕事がいろいろごちゃついてたのと……あんまり実家に帰りたくなくて。……まあ今日の一件でしばらく予定もなくなったので、ゆっくりごろごろ夏休みを満喫しようかなって考えてたところです」

 ――引かれて後で支障が出るほど近くはなく、かと言って仕事の話以外できないほど遠くもなく。さらに言えば業界が違うから言い触らされる危険もない。なるほど確かに彼は今日の出来事を愚痴る相手にもってこいかもしれない。

「ちょっとした愚痴になっちゃうんですけど。……今日仕事でちょっとイラッとして、人を殴ってきちゃいました」

 自嘲の笑みを吐き捨てて、コーヒー牛乳を飲み込む。1時間と少し前のことなのに今さっき起こったばかりのように思い出されて、殴った右手が震えた。

「『何人に身体を売って超高校級になったんだ』だなんて笑っちゃいますよね。そもそもそうでもしなきゃ超高校級になれないなら、その人は超高校級の器じゃないんですから」

 いっそさっき冗談で言ったように酒が入ってたほうが気楽だったかもしれない。こんなことを素面で言うのを躊躇わないほど子供じゃない。けど、だからと言ってそれに対して一番正しい答えを知っているような――さらに言えば自分の腹の中だけに収めておけるほどの大人でもない。
 左右田さんはさっきから何も言わず麦茶を飲んでいる。それが逆にありがたかった。

「自分のやってきたことを全部全部、自分の実力じゃないかのように言われて、腹が立って。……あは、監督を殴るなんて照明係のすることじゃないですね」

 天井を見上げながら、ぽつぽつと溢していく。目の前にいる左右田さんは視界に入れない。目を合わせたら、この話の続きができなくなる気がしたから。

「……そもそもあの劇団、あの程度の台本とあのキャスト、それに公演の時期からしてどう考えても"超高校級の照明監督"を使いたかっただけにしか見えませんし。こちとら客寄せパンダじゃねえんだよ、そんなに超高校級の肩書を使いたければ手前の娘の身体を売って超高校級の役者にでも仕立て上げりゃいいだろうが、って話です」

 すこし口が悪くなってしまいましたが、と最後に付け加えてベッドに座り直した。正面の左右田さんと目があって、ふう、と息を吐く。へらっと口の上端を上げて顔の横で手を振る。いわゆる『話はこれで終わりですよ』の合図だ。

「……とまあ、こんなことがありまして」
「……まあそれでキレるってのは当然だとは思うけどよ、付き合いとかそういうのもあるんじゃねーの?」
「さすがにあれだけ言われて黙ってられるような人間でもないですし。あそこからの依頼はじめてだったんですけど、しばらくあの劇団とその周囲からの仕事は来ないでしょうね……はは、あんな奴らからの依頼なんてこっちから願い下げだってんですよ」

 話はおしまい、とまた手をひらひら振って、ベッドに置いたマグカップをまた手に取る。さらに言おうか悩んで口の中に留めた言葉を飲み下した。



prev back next

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -