「酷い雨だな、タピオカ」
「グワッ」
「少し濡れたか。帰ったら拭いてやるからな」
授業で言えば3時間目辺りから降り出した雨は、帰る頃には止むどころか悪化していた。小雨になるのを待つつもりだったのだが30分程経っても様子は変わらず、時間潰しにと開いた本にもまるで集中出来ない。それならばもう帰ろう、そう判断して今に至るわけだが、ズボンや剥き出しになった腕が濡れて気は滅入る一方だ。
「グワッ!」
「タピオカ?…あ」
アキラを見ていた丸い小さな瞳がどこか違う方向を捉え、強く鳴く。突然の行動に何事かと追えば軒下に見えた影。傘を閉じて鞄を胸元まで持ち上げた少女は、間違いなくなまえではないか。
「傘、壊れたのか?」
「グワ」
「ん?ああ、そうだな。狭いけど」
言われずとも送るつもりでいたが、同じことを考えているとは驚きだ。
確かタピオカはよくなまえに撫でられていたような。それで自然と懐いたのかもしれない。ふと、そんななまえを見るのが好きだと伝えたらどんな顔をするのかと、思う(伝える気は、ないのだが)。
「あ、やっぱりアキラくんだ」
「どうしたの?」
「濡れちゃって。どうしようかなって考えてたの」
「傘は」
「傘は無事、なんだけど」
「ふうん?」
胸元の鞄を今度は抱きしめるように。微かに赤味の差した頬は、妙なことになまえを見詰めるほど鮮やかになっていく。
「あ、きらくんは、帰らないの?」
「帰るけど、なまえちゃんは」
「私?私は大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
「…ずぶ濡れだけど」
「だっ、大丈夫!」
「車?」
「ああ、うん。思いっ切りね、かけられて」
「………あ」
小さな、相手に対しての言葉ではない呟きを拾ったなまえはますます顔を赤くし鞄を抱いた。鞄も濡れているからもっと、しかしここで注意をしては変態だと思われるのでは。過ぎった考えが原因でつい言葉を飲み込んでしまう。
「タピオカ」
「タピオカ?」
「貸すよ。抱いてればなんとか」
「傘、」
「俺が持つ」
「え?それだとアキラくんが」
「二つ差すから大丈夫。いいな、タピオカ」
「グワッ!」
「差せる?」
「……なんとか」
「タピオカ、えっと…」
「向こう見てるから、その間に」
「うっ、うん」
その運転手に文句を言ってやりたい気分だ。それから制服。
見た目には爽やかで夏の学生らしいが、やはりワイシャツ一枚は薄い。今現在のなまえのような状況になったらどう責任を取るつもりなのか。さほど濡れてはいないアキラでさえ、腕に張り付くシャツが鬱陶しくて堪らないというのに。
「雨は嫌だな、タピオカ」
「グワ」
「ちゃんと守るんだぞ」
「グワ」
「アキラくん、タピオカ、ありがとう」
「…うん」
「グワッ!」
柔らかな笑顔とこの帰り道。今度は天気のいい日に、ないものか。
end.
20120620