部活後、放課後の教室

教室、という単語だけ送られてきたら流石に心配になって、放課後になるまでずっとソワソワして。だというのに急いで5組に来てみれば「部活行ったよ、あいつ」ときた。
呼んだくせに、とイラッとしたのは一瞬で、冷静になって考えてみれば別に呼ばれてはいないことに気がつく。鉄朗くんが私に伝えたのは、教室という単語だけだ。「呼び出したくせに!」なんて文句は見事、お門違いなのである。

それでも癪だし気になるし、「掃除が終わったら声かけてください」とお願いをして廊下で待機。声をかけてもらったあとは5組にお邪魔をして鉄朗くんの席に腰をおろし、同じように教室とだけ返してさも自分の教室の自分の席かのように頬杖をついた。先生にはちゃんと、「この席の人間に用事があるので」と断りを入れて。快く許可されたかはまあ、別の話ですけども。

こうなったら部活が終わるまで待っててやる。文字じゃなくて鉄朗くんの声で聞かないと安心も納得も出来ない。驚く鉄朗くんの顔を見てからじゃないと、帰ってなんかやらないんだから。


■□■


「……」


と、意気込んだはいいものの。すっかり暗くなった教室に顔を出した鉄朗くんは、特に何も言わず隣に座るとガタガタ椅子を動かしていきなり私を抱き締めた。普段はこんなこと絶対にしない。ましてや学校、すっかり遅い時間とはいえ教室でなんて以ての他だ。


「電気つけないの?」
「つけに行こうとしたら、鉄朗くん来て」
「その前から暗いじゃん」
「…うん」


重いじゃなくて苦しいじゃなくてどうしたのじゃなくて、見られたら困るでもなくて。いや、そのどれもに当て嵌まってはいるけど、どれも何だか違う気がしている。

視線を動かしてみても視界に入るのは鉄朗くんの顔ではなく首辺り。ツンツンと逆立ったそれは寝癖なんですと言われたことを、思い出す。


「部活、お疲れ様」
「ん。そっちもお疲れ様」
「何が?」
「長い時間お待ちいただきまして」
「いいよ別に、気になってたから」
「そうなの?」
「そうなの」


気になると聞いた鉄朗くんは確認するように私を見ると、「ふうん」と言って、また私を抱きしめなおした。賢い彼女なら見事に正解を導きだして、それはもう容易く鉄朗くんの不安を消し去ってしまうのだろうけど、残念ながら私は普通の彼女だ。何なら普通も盛りすぎかもしれない。なのでこうして鉄朗くんが私に対してサインを出してくれていることを喜びながら、喜ぶだけで何も解決策は浮かばないのだ。ついさっきまで文句の一つや二つや三つ言ってやると思っていた、はずなのに。


「…リエーフくん?」
「今更それでこうはならねぇよ。…灰羽くんでよろしいデス」
「灰羽くん?はいはい、了解です」
「なにちょっと笑ってるんデスカー」
「いいえー。ちょっと珍しい反応をいただけたので」
「そりゃまぁ、そうでしょうよ」
「研磨くんはいいのに?」
「リエーフは腹立つ」
「理不尽ですよー、黒尾主将」
「ボクは普段真面目にしっかりやっているので許されるのデス」
「あはは!…ふふっ、何それ。そうですねー、黒尾主将は何だかんだで世話好きで、部員全員大好きですからねー」
「……みょうじサンのことも大好きなんですが?」
「嫌味とかじゃないよ」
「…ふうん?」


零れ落ちた声は小さくどこか、頼りない。猫が足元に擦り寄るように首を動かす鉄朗くんの髪の毛が擽ったくて、何なら本当に猫みたいだ。そういえば、この音駒高校の男子バレーボール部には猫っぽい印象の人が多い気がする。研磨くんは警戒心の強い猫、灰羽くんは好奇心旺盛な猫。鉄朗くんは、野良猫のボスって感じ。それで、鉄朗くんの周りに色んな野良猫が集まってくるような。


「――何と言うか」
「…はい」


呑気な方向に思考を働かせていると、また鉄朗くんが唐突に口を開いた。一歩遅れて返答すると、鉄朗くんが笑った気配がする。それから一拍。「あ〜あ!」とわざとらしいまでに鉄朗くんが声を張るので、少し耳が痛かった。でも言わない。流石に馬鹿すぎる、ここでそれを言うのは。


「今更、悔しさが込み上げてきたわけですよ」
「今更?」
「今更というか、改めてじわじわ。海にも言われちまった、機嫌悪い?って」
「あらまぁ、相変わらずの良妻ですね」
「本当デスヨ。でもボク、奥さんはなまえちゃんがいいデス」
「あらまぁ。ありがとうございます、鉄朗くん」
「イイエー」


ボケーっとしてるし、一人で色々考えてやがる、と言ったのは夜久くん。研磨くんにも初めて声をかけられたりした。「クロだけがってわけじゃないし、なんならおれだって、おれ自身に思うところがないわけじゃない」と視線を外しながら言っていたのは、予選が終わって暫くしてからのこと。

鉄朗くんは、監督のためにゴミ捨て場の決戦というものを実現したいらしい。何でも相手は宮城の学校で、戦うためにはお互い全国大会まで進まなきゃいけないと。そんな目標への一歩を挫かれたわけで、勿論そこには、負けたことへの悔しさも含まれている。山本くんなんかは思いっきり叫んだりしてるけど、鉄朗くんはそれをしない。夜久くんとか海くんと話しているときはポロっとこぼすこともあるらしいけど、鉄朗くんは主将だ。そしてカッコつけ。いや、照れ臭いのかもしれない。だからあんまり、真面目に誰かに甘えることがない、というのが私の考え。真面目に甘えるって、何かよくわかんないけど。


「――…もっと、色々やれた」
「…うん」
「悔しい」
「…うん」
「俺が見せたいんだ、ゴミ捨て場の決戦を。監督には沢山面倒かけて、沢山指導してもらって。下の代に託すことも出来るけど、いつまで現役でいるかはわかんねぇし。…何より、俺が、連れて行きたい」
「うん」
「それでも返しきれないくらいもらったんだ、いっぱい。知恵も技術も」
「うん」
「だから俺が、俺の手で、俺が主将でいる間に、見せたい」
「――夜久くんも海くんも、喜ぶと思うよ?」
「……言えばってことなら聞かねぇからな」
「うん、しか言えないのに?」
「いいよ。あったかい」
「…抱き枕的な」
「ひゃひゃっ!…ソーデスネー、抱き枕的な?」


腹イテー、なんて笑う鉄朗くんの両目に浮かんだ涙は、何だろう。うん、笑いすぎてってことにしよう。折角なら拭ってしまおうかと動かした手はゆるりと避けられて、やっぱり鉄朗くんはカッコつけなのかなぁ、と思った。それくらい、させてくれたっていいのに。


「ケチ」
「お家まで送るので許してください」
「たまには私だって…」
「んー?これで充分ですよ」


そう言って笑うと最後におでこを合わせる。帰りましょー。届いた声は、これまで耳にした中で一番、柔らかい。



end.

20151024

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