夏の暑い日差し

日陰などほぼ無に等しい。ちょうど建物の影になる花壇の縁に腰をおろしながら、孤爪は茹だるような暑さに眉を寄せ深く長い溜め息を吐く。

花壇の場所はここでいいのだろうか。立派に咲き誇る花を見ながら、思う。ついでにドリンクを忘れたことも思い出し、一層気落ちしてしまった。とはいえ体育館に行けば水分補給は出来るのだから、ここにいるよりも戻る方がいいに違いない。だと言うのに立ち上がれないのは、孤爪の気力の問題だ。

黒尾のことだから、ランニングから戻らない孤爪を心配はしていない。校外ならばその限りではないが、今日は校内ランニング。暑い疲れたと休んでいることくらいお見通し、暫くすれば少し苛立ちの滲んだ呼び声が聞こえるのだ。流石にその前には、戻りたいが。


「あれ?」


迷惑をかけることは本意ではない、のだが、こればかりは。そんな時ふと灰羽に名前を叫ばれながら捜されるのではという考えが過り、また気が萎える。黒尾ならやりかねない。

立ち上がる、水分補給、灰羽に黒尾。ぼんやりとした脳で処理するにはあまりに難儀な議題に頭痛を覚えたとき、なんだか夏のギラギラとした雰囲気には不似合いな声がした。つまり、灰羽とも黒尾とも真逆の。そもそも声の高さからして違うのだが。


「孤爪くん?」
「――…あ」


どうしたの、という意味合いの含まれた響き。顔を上げた先にいたのは同じクラスの女子である。
手元のジョウロに疑問が浮かぶが、確か彼女は美化委員。この暑い中ご苦労様だという思考は、彼女に対する労いとはまた少し違う。


「部活?」
「……うん」
「そっか、大変だね」
「そっちも。…夏休みなのに」
「当番だし」
「…ホースの方が楽じゃない?」
「そうなんだけど、ここまで届かないんだよね」


こういったやり取りが落ち着かないのは、なにも彼女に限定した話ではない。孤爪は人と言葉を交わすこと自体苦手な節があるため、慣れ親しんだ黒尾を筆頭に音駒男子バレー部の面々、(これは珍しいのだが)烏野の日向以外とはどう対すればいいのかわからないのだ。わからないというよりは悩む、出来るだけ避けたいと言うべきだろうか。

だというのに、どうして声を出して尋ねてしまったのか。気配を消そうとしたところでこんな滅多に人の通らないような場所では無意味なため、存在に気づかれてしまうのは仕方がないが。


「孤爪くんは、何してるとこ?」
「…自主休憩」
「自主?」
「でも、そろそろ戻る。主将に見つかるの嫌だし」
「――…ああ、黒尾さん」


こぼれ落ちたその響きに孤爪は猫目をさらに細くし、意図的に見ていなかった相手を意図的に、見ることとなった。

黒尾さん。
それはまるで、彼女自身が黒尾という人間を知っているかのような。


「…………うん」
「一年生の子と前ここで練習してて。ものすっごく怒鳴ってた」
「…へぇ」
「二人とも背高くて、出来るだけ邪魔にならないようにしよう!って水やりしてたら話しかけられたんだよね、黒尾さんに」


吐き出された言葉の繋がりがよくわからず、孤爪はほんの少しだけ眉を上げる。

背が高くて、出来るだけ邪魔にならないように。同級生にはそうでもないが、黒尾が下級生に威圧感を与えやすいことは孤爪も承知の事実。つまりは気圧されたため邪魔にならないようにと決意した、ということでいいのだろうか。


「これ何て花?とか、花には当てないから安心してね〜とか。壮行会とか部活紹介くらいでしか声聞いたことなかったけど、何か、怖い人ではないんだね」
「…そういうの楽しんでるから、クロ」
「あー、成る程…クロ?」
「黒尾、だから。…そう呼んでる」
「可愛いね、クロ」
「……そう?」


ちりりと、不快感にも似た思いが沸き上がってくるのを確かに感じた。

可愛いなんて感想を自分自身に抱いてほしいとは思わない。可愛いよりも、と、口を開けば余計な言葉が飛び出してしまいそうで、声を出すことも出来ない。

結果、孤爪がしたことと言えば地面を見つめながら膝を抱えることだけだ。漂う沈黙に彼女が気遣わしげに立ち竦んでいるとは思ったが、言葉を発することで最悪に近い空気になるくらいならこのままが一番いいに決まっている。


「あの子だ」


唐突に響いた声は孤爪のものではなく、加えて孤爪に向けられたものでもない。気まずいという思いがあるのに彼女がどんな表情でいるのかは気になって窺えば、目を丸くしてどこかを見ている。


「黒尾さんと練習してた一年生」
「――…何で一年ってわかったの」
「結構噂になってない?ハーフのかっこいい一年生がいるって」
「…背が高いから見えるだけでしょ、それ」


ちりちりとうなじの辺りが痺れるような焦げるような。

喉が乾くのは、この暑さの所為に違いない。



end.

20150805

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