助ける為に手を伸ばして

馴染んでいるのはひたすらに嫌味ったらしい声色で、何なら今だってその姿が見えたから踵を返したようなものだ。

朔間先輩に頼まれた用事は放課後までに羽風先輩に伝えればいいから、次の休み時間にずらすとして。私という存在を認識される前にUターンしてしまえば何もなかったことに出来る。知っているのは私だけだから。そう思って方向転換したというのに、私に限らず後輩に嫌味を言うことを楽しみにしているらしいその人は、目敏くも私を見つけてしまったようで。「ちょっとぉ、何で逃げるわけぇ?」とどこか楽しささえ潜んでいるような声が聞こえて、ガンガン鳴る警報に足を速めたところ、「ちょっとなまえ!!」なんて珍しく焦った静止の声が続いた。同じ人だよね。それだけ思って、それから。

容赦なく引き倒されたはずの体は少しも痛くなく、寧ろあたたかい。なんならお腹の辺りに自分のものではない腕が一本回されているし、きちんと閉じた足の横には私をすっぽり包むようにズボンに覆われた足が二本、見えている。


「ばっかじゃないのぉ?あ〜もう最悪。怪我してたらどうしてくれるわけぇ?」


いつも通りの、嫌味だけ溢れた声。もうほとんど耳元で聞こえるそれに体がムズムズする。視線をぐるりと動かせば、間違いなく姿を見られることなく撤退することを決め込んでいた人が、いた。そんなの、聞こえた声でわかりきってはいたけれど。


「………」
「なぁに?」
「…いいえ」
「はぁ?ならその馬鹿みたいな顔やめなよねぇ」
「してま、」
「はぁ?あんたの顔を直接見てる人間が言ってんの、見もしてないヤツの主張よりよっぽど信憑性あるから」
「………はい」
「なぁに?その納得出来ませんって返事」


どんどんどんどん、不機嫌になっていく。私が悪いと言うより、瀬名先輩が勝手に喋って勝手に臍を曲げているような気がするのだけれど。でもそんなことを口にしたら、余計に瀬名先輩の機嫌が悪くなるだけだ。


「納得してないわけでは……」
「じゃあ何?あと、俺の顔見て引き返したよねぇ?それにはどう言い訳するのかなぁ?」
「……用事があったにはあったんですけど、その用事を達成するのに必要なものを教室に置いてきてしまったので…」
「ふぅん?」


瀬名先輩が言うように私の発言は言い訳になるのだけれど、それを聞いた途端に不機嫌だった瀬名先輩が愉快そうに声を弾ませている。まあ、言い訳の仕方があまりにも下手くそだし、取り繕っていることはわかっているんだろう。

次は何て言おう、と考えたところで瀬名先輩が面白がるだけ。なら意味なんてあるのかとも思うけれど、何も言わないなら言わないで瀬名先輩につつかれ続けるだけだ。憂鬱だな。恨むなら瀬名先輩に見つかった自分を恨むしかない。逃げようにも、しっかりとホールドされていては逃げられないし。


「………」
「…?なまえ?」
「あっ、いえ、別に、何も」
「…それで騙せるって思ってるわけぇ?馬鹿にしないでよねぇ〜」
「あ〜…えーっと…」


お腹から視線をずらした先。瀬名先輩の手に覆われているのは、間違いなく私の手だ。引き倒されるような感覚はこれだったのか。私の名前を呼んだ瀬名先輩は、その強い呼び声と同じように強い力で私を引いた。それから重ねて、お腹の部分に腕を回した。瀬名先輩、が。


「色々と、手厚い保護をしていただきまして…」
「はぁ?何言ってんの?意味わかんないんだけど」
「ありがとうございます、瀬名先輩」
「べっつに〜?あんたが怪我すると周りが煩いの。なぁんにもしてないのに俺が怨まれるのはごめんなだけだから」


深い溜め息、それから回されていた腕がほどけ、手も離される。「ほら、もう立てるでしょ」と吐き出す瀬名先輩の声は、心底呆れているようだ。


「アタシの可愛い妹だとかお姉さまだとか、チョ〜うざぁい」
「あはは…瀬名先輩は、怪我とか」
「するわけないでしょ。どんくさいあんたとは違うの」
「……用事は、羽風先輩にで」
「はかぜ?…ああ。教室にいたと思うけど?」
「え?」
「同じクラスだし。ほっとんど話したことないけどねぇ〜」
「……ああ、へぇ…そうですか…」


瀬名先輩と羽風先輩ってこれっぽっちも気が合わなそうだしな、うん。というか。瀬名先輩は今、同じクラスって言ったような。


「…あの、確認なんですけど」
「ん?」
「同じクラスって、瀬名先輩と羽風先輩が?」
「そう言ってるでしょ。あんた馬鹿なの〜?」
「……」


私が踵を返したのは、瀬名先輩に見つかりたくなかったから。なのに、ああ。

私が反転した意味は、まったくないってことか。



end.

20160122

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