無意識に握って照れる

「大丈夫っスか」


顔を上げると、影山くんが真顔で手を差し出していた。その後ろでは日向くんが心配そうに顔を覗かせている。大丈夫です、そう答えると「そっすか」なんて素っ気ない言葉が返ってきたけど、手は変わらず差し出されたまま。えっとと呟けば、「一応、保健室」とやっぱり真顔で影山くんが言うので、ああ、とだけ答えて手を乗せる。頷いた影山くんが「保健室行ってきます!!」と大きな声で伝えると、油断していたのか日向くんが驚いたように肩を揺らして。

ちゃんと最後まで付き添えよーという声は、一体誰のものだろう。

*

「すみませんした」
「大丈夫です、あの、ボールは当たってないし」
「けど転んだの、俺がサーブミスったからなんで」


すみません。
もう一度そう言って頭を下げる影山くんを見ながら先生は面白そうに小さく笑う。本当に大した怪我ではなく、脱脂綿に滲む赤色に私は怪我をしたんだと実感させられたくらいだ。ビリビリと、そう強くない痺れのような痛みも感じてはいるから、見間違いでもないし。


「すごいですね。…すっごい速くて、当たったらなんかもう、取り敢えず痛そうだなって」
「あざっす。でも俺、まだまだなんで。あんなんじゃ足元にも及ばないってか」


沈黙はなんだか気不味いなあとサーブの感想を言ってはみたけど、小学生並だ。すごいですね、すっごい速くて、当たったらなんかもう。何だそれ。

結果、気不味さから羞恥へと気持ちが変化しただけで落ち着かないままである。馬鹿みたい。しかも先生、笑いを堪えているように見えるんだけど。


「………」
「…やっぱ怪我、」
「えっ?あ、本当に平気なので。影山くんに責任は。私が勝手に避けて、勝手に転んだだけですから…」
「いや、でも」
「えっと、本当に。これっぽっちも気にしないでいただければ…」
「……いや、」
「はいはい、ならひとつ提案ね」


放っておけばどこまでも続きそうな問答に先生が手を打った。目を丸くした影山くんはぱちくりと瞬いて、その様子をちらりと見た私も同じように先生を見る。先生の笑顔が満足そうに見えるのは気のせい、だろうか。


「影山くん。責任を感じているなら、みょうじさんが完治するまで面倒を見てあげなさい」
「え」
「面倒?」
「階段降りるときに手を貸してあげたり扉を開けてあげたり――…二人は同じクラスだっけ?」
「ッス。わかりました、あざっす」
「同じクラスなの?」
「え、あ、はい」
「ならいいでしょう。ないわよ、こんなこと」


影山くんって人気者なんだから。よく名前聞くし。絆創膏を貼りながらこぼす先生にはどんな意図があるんだろう。人気、と言われても、私の中の影山くんというのは授業中は寝ていて背が高くてちょっと怖い人、だ。違うクラスの友達も確か、私がかっこいいと言ったバスケ部の人を「煩いだけの馬鹿じゃん。どこがいいの。それなら影山くんの方が…」なんて言っていたっけ。まあつまり、そんなものなのだろう。


「じゃあしっかりね、影山くん!」
「ッス」


力強い眼差し。
それが原因か気がつけば、不安と期待のようなものが体の中でぐちゃぐちゃと、混ざり合っていた。


□■□


それからというもの。
私が扉に近づけば座っていようが影山くんが開けに来てくれ、階段を降りるときには手を繋いでくれるという日々がはじまった。影山くんは、律儀に先生の言いつけを守っているのである。

今までまるで関わりのなかった影山くんの行動に友達やクラスの一部はざわついた。それもまあ、ストレートに尋ねた男子に対してこれまたストレートに影山くんが先生に言われたままを答えたため、これといった盛り上がりもなく鎮火したんだけど。

擦りむいた膝は、もう絆創膏の必要なんて感じないくらいよくなった。寧ろ今はかさぶたが気になって仕方がない段階だ。だから影山くんの手助けは、必要ないんだけど。


「ん」


なれたもので、階段に差し掛かると影山くんは私に手を向けて短く言葉を漏らす。最初のうちはもっと何か言われた気がするけど、今は独り言のような、漏らしたかもわからないようなそれで終わってしまう。彼氏かよ、と突っ込んだのは、内緒だ。

私も私で未だにもう大丈夫の一言が言えず、ありがとうと告げて手を繋ぐ。言えないのは影山くんが怖いから、ではなくて。


「ありがとう」
「いや、言われたんで」
「…それは、えっと…」
「どっちにも原因があんなら、やっぱ俺も悪いんで」


本当にやってるの。そう言って、先生は笑った。曰く、その素直さは影山くんの美点であると。

促されて、手を繋いで。まるで恋人同士のような行動も、真実はまったくそんな甘さはなくて。何よりまず、会話がない。

例えばここで繋いだ手に少し力を入れてみたら影山くんはどんな反応をするのかな、なんて、ちょっとだけ考えもするけど。


「…あ」
「ん?」


声を漏らすと無言だった影山くんが私を見て、それから同じ場所に視線を向ける。そこにいたのはバスケ部の。やっぱりかっこいいなあとは思うけど、付き合いたいわけではない。見てるだけで充分、というか。


「わっ、」
「あ、……悪い」


色々と考えながら見ていると繋がれた手に突然強い力が入る。痛みに驚いてまた声を出すと、影山くんが謝った。もう通りすぎてしまった彼から影山くんへ視線を移せば、困惑した表情と、かち合う。


「……」
「……あの、つい。…すみませんした」
「あ、うん…」


小さな謝罪が聞こえたかと思えば影山くんは顔をそらしてしまう。その頬が、耳が、うっすらと。


(…あ)


赤くなっているように見えるのは私の見間違い、なんだろうか。



end.

20160628

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