「わ、美味しそう!」
「食べる?」
「いいんですか?やったあ!」
元々ゆるい表情をさらにゆるめて喜びを表現する真波をちらりと見、それから黒田へと視線を向ける。何か物言いたげな様子に言葉を発しようとした矢先「オレにも寄越せ」と轟くような声、ああ銅橋かと、つい視線を戻してしまった。
気圧されることなくにこにこと笑って袋を持っている同級生と、隣で菓子を摘みつづける後輩。肝が据わっているな、と思う。
「ユキ、いいのか?」
「は?」
「え?」
だってユキ。続けようとして、何故だか口を閉じる。何故だろう。黒田のプライドが、と、そんなことを考えてしまったのだろうか(その気遣いが余計に傷付けているのでは、とも思うが)。
「部活のあとは疲れるしお腹減るから何か食べたいって、ユキちゃん言ったんだよね?」
「…ばっ、言ってねーよ!勝手に作ってきただけだろ!」
「ええーっ!言ったよユキちゃん!」
「――…言ったとしても、全員分作ってくんのが普通だろ。そんなの去年だって、」
逸らされてしまった。黒田とは、こんなに照れ屋だったろうか。
幼馴染みとはいえ知らない面というのはまだあるわけで、加えて黒田は泉田の前を歩いているような男だった。常に二、三歩は前にいるような。だから、なのだろうか。プライドとか恥ずかしさとか、そういった類の。
「……。そう言えばユキ、去年も食べてなかったな。まあ先輩方がほとんど食べてたっていうのもあるけど…」
「主に新開さんな」
「………」
「何だよ、塔一郎」
「いや」
「いいの?ユキちゃん」
「……………オレは別に」
「なら、ボクはもらってこようかな」
「あ、オレもー」
「え、」
悩むように動く視線。
泉田にはわかり兼ねるが、確かに彼女が自分の恋する相手なら、話の流れで頼めたとしてももらいに行くのは勇気が必要かもしれない。小さいように見えて大きな一歩、中学時代にあれだけ騒がれていた黒田にもあるのだなあと、つい泉田は笑いそうになる。
「プライドとは少し、違うかもしれないな」
「え?何が?」
「あ。葦木場くんと泉田くんもどうぞ」
「ありがとう。…ユキの分ももらってもいいかな?」
「うん。ちょっと期待してたんだけどね、駄目だったかあ」
ああ、これは堪えられない。
黒田を見れば勢いよくそっぽを向かれてしまうし、何だか今日は楽しい日だ。
「ユキちゃんの話?」
「そう、黒田くんの話」
「今回ばかりは自分を中心に見ればよかったのにな」
緊張は、見えやすいものすら隠してしまうらしい。
end.
20140409