宇佐美兄妹

走ったところで助かるわけではないのにそうしてしまうのは、まさに何となくなんだろう。走ればあまり濡れない気がする、歩いているよりはマシな気がする。確証はないんだけど。


「冷たっ!」


その感想も今更だけど。
急ぎの用があるわけでもないんだから客として店に残ったり、それこそお言葉に甘えて傘を借りるんだった。お腹も減ったしハンバーガーくらい食べればよかったなあ。


「いた!なまえちゃん!」


私を呼ぶ可愛らしい声に動かしていた足を止めると見えたのは二つの傘。高さも大きさもバラバラの二つは迷いなくこっちに向かって来ている。ああ、あれは。


「…さくらちゃん?」
「なまえちゃんずぶ濡れ!傘持ってきたんだけど…お兄ちゃん、なまえちゃんにお風呂貸してあげよう!風邪引いちゃう!」
「傘、ああ…ありがとう、さくらちゃん」
「お父さんがね、傘持たないで出てったから行ってやれって。寒い?」
「まあ少し、あ、ありがとう夏樹」
「いや」


そういえば今朝も挨拶したな、おじさんに。「バイト頑張ってこいよ!」の一言は私の活力だ。


「タオル!タオル持ってきたから拭いて!ちょっとでも違うよ!」
「うん。何から何までありがとうね、さくらちゃん。おじさんにもお礼言わなきゃ…」
「どっか雨あたらないとこに入んないと、拭いても無駄だろ。…で、いつまで俺が差してやってればいいわけ?」
「ごっ、ごめん!」
「別に」


慌てて傘を受け取ると夏樹の顔が綻ぶ。
わざとかこの野郎、そのくせさりげなく軽く髪を拭いてくれるし、これはあれだな。さくらちゃんという妹がいるからこそ身についたスキルだな(さくらちゃん相手には声も柔らかくなるし)。


「お兄ちゃん、タオル足りない」
「やっぱりか…さくらの受け売りじゃないけど、家寄ってけ。このまま帰したら煩いのさくらだけじゃなさそうだし」
「ダッシュで帰るって言っちゃったよ…」
「おばさん、何で迎えに行くって言わなかったと思ってる?」
「……おじさんが夏樹に行かせるって言ったから…?」
「正解。さくらは心配だから行くって聞かなかったんだよ…よしっ、こんなもんだな」
「タオルくらい持つ!」
「当然」


水分を含んだタオルの重さはそこそこだ。洗濯して返そう、密かにそう決意していると「途中で俺が持つからな」という優しさを感じる言葉が聞こえた。狙ってやってるわけじゃないんだから、何だかなあである。


「天気予報見てなかったのかよ。午後から雨だって言ってただろ」
「傘小さかったじゃん。降水確率も40%だったし」
「それ昨日の夕方な。朝は上がってた」
「…何で教えてくれなかったの」
「何だそれ」


言葉と比較して随分と楽しそうな笑顔。何というか、最近夏樹の笑い声を聞く機会が増えたような気がする。釣り仲間が増えたからかな。釣りをする歳の近い相手なんて、いなかったし。


「よかったね、夏樹」
「は?何が」
「ね、さくらちゃん」
「ね、なまえちゃん」
「意味わかんね」


いい笑顔だよ、すっごく。



end.

20120612

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