シシガミ=バング

買い物を済ませてあとは家に帰るだけ、しかし足止めをされてはたかが10分弱の道中も永遠に感じてしまう。確かに朝から怪しい空模様ではあったけど、長い外出ではないから大丈夫だと思っていたのに。

それが、不味かったのだろうか。


(…どうしようか)


あんまり遅くなるとライチ先生が心配をする。下手をしたら「迎えに行けなくてごめんなさい」と謝られてしまいそうだ。お世話になっている立場の上、余計な気まで遣わせるなんて最悪の居候じゃないか。リンファも心配性だし、二人が仕事を疎かにすることはないと思うけど、気は重い。



(走って帰るかなあ。いやでも、食材濡れちゃうし…)


ライチ先生の言葉を素直に聞いて傘さえ持って来ていれば今頃帰り着いていたはず。何が「大丈夫です!」だ馬鹿め。全然大丈夫じゃないだろう。


「……というか、傘買えばよかったじゃん」


自分自身の呟きに虚しさが込み上げる。
雨が降ってきたことに焦りすぎてすっかりその考えは抜けていた。一番近い、恐らく傘が売っているであろう店までの距離と病院までの距離。どちらにせよ濡れることが確実ならば病院まで駆け抜ける方がいい。抱えるようにして走れば、荷物は守れるだろうし。


「よしっ!」


走ろう。ライチ先生やリンファに迷惑は掛けられない。濡れて帰っても大慌てだとは思うけど、タオルで拭えば何とかなる。診察が終わる時間まで雨が止まなかったとして、いつまでもここにいたら帰宅は夜だ。夕食の支度だって遅くなってしまう。


「待つでござるよ!!」
「っ!?」


そう決意をして一歩を踏み出した瞬間だ、よく聞き慣れた熱い声が轟いたのは。その音量に飛び跳ねる心臓、慣れてはいるけどなかなか平気にならないこの声は、間違いなく。


「ば、バングさん…?」
「どこかで見たことのある姿と思えば、なまえ殿ではござらぬか!」
「こん、にちは…」
「うむ。して、お主は今、この中に飛び出そうとしてござらんかったか?」
「いやっ…!…して、ました、はい」


赤い番傘が似合いすぎるバングさんは、眉を寄せると幼い子を叱るような雰囲気を纏い言葉を繋ぐ。普段は怒られることなんてないから(タオが色々と言われているのは何度も見るけど)零れるのは言い訳ではなく謝罪、そもそもバングさん相手に言い訳をしようとすること自体が難しい気もする。気が咎めるのだ、真っ直ぐ故に。


「…ライチ殿とは、一緒ではないのだな」
「残念ですか?」
「なっ!?いっ、いやいやいや!別に拙者は残念などとはこれっぽっちも…いや、これっぽっちもというのも語弊があるにはあるが――…って!そうではなく!なまえ殿、話題を逸らすとは関心せぬでござるよ?拙者はこの雨の中で困り果てるなまえ殿を案じてだな、」
「わっ、わかってます!それで声を掛けてくださったんですよね?」
「その通りでござるよ!なまえ殿と拙者は浅からぬ仲、その上ライチ殿とも懇意ななまえ殿を放ってはおけぬでござる」
「…ありがとうございます」


主に本音は後者な気がするけど、バングさんが優しいのも本当だ。立ち尽くす私をなんとかしようと来てくれたのは、疑いようもない。


「近くまで送るでござるよ」
「寄って行かないんですか?」
「ら、ライチ殿の邪魔をするわけにはいかぬでござる」
「休んでいってくださいって言われると思います」
「…そうなれば断るのも忍びない。すっ、少しだけ、休ませていただくが」
「是非」


なんと初な反応。わかりやすいなあ、バングさん。



end.

20120610

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