「やあ、こんにちは」
今日もこの男は笑っている。
悔しいのか悲しいのか嬉しいのかこれっぽっちもわからない笑みを浮かべている。わざわざ猫に声を掛けるなど物好きな男だ。取り敢えず猫に媚びを売っておいて、女との繋がりになってもらおうだとか考えているのだろうか。
残念ながら彼女はそんなこと知らない。
知っていても、別にこいつを好くことには繋がらない。
「今日も門前払いだよ。彼女自身が会いたがらないという話だけれど、どう思う?」
会いたがらない、は嘘。彼女はこいつが訪ねに来ていることも知らない。事後報告だから「何時も機が悪いのよね」と口にしている。彼女はこいつが、何時も自分がいないときに来ていると思っているのだ。
「これ、渡したいのになあ」
そう言って見せてくるのは綺麗な玉だ。何に使うのだろう。彼女は耳やら首やら綺麗なものをつけていることがあるから、それになるものなのか。
「君に――…ああいや、自分で渡したいよね、やはり。だって顔を見たい。曹操殿は絶賛していたし、あの荀イク殿まで好感触らしいじゃない。どうかな君、彼女を連れて来てよ」
こいつは彼女の顔が見たいらしい。
風の噂で大層な美貌だと聞いたようで、お近づきになりたいのだとか。邸の人間もこいつの噂は聞いているから追い返す。彼女に何かあっては、いけないから。
「これだけ粘られると何としてでも拝みたいよね。…ああ、戻らないと色々と煩いかな。じゃあね、また来るよ」
「にゃあ」
「私も君なら簡単に膝の上、かな?――おっと」
下心しかないなら触るんじゃない。ぼくはこのあと彼女に会いに行くんだから。なんだっけこいつは、ええっと確か。
「…にゃあ」
「危ないなあ。引っ掻かないでよ」
郭嘉。
彼女がそう、言っていた。
end.
20120222