「止まねっスね〜」
「そうだね〜」
今日は部活ないの。そう尋ねると休みだと返ってきた。
黄瀬くんは隣の席だから話す機会が多くて、とはいえスポーツと縁遠い私では共通の話題はあまりない。だから今日もそれで終わると思ったんだけど。
「まさか雨なんて。梅雨入りっスかね?」
「本当に急だよね。小雨なら帰れたんだけど…」
「結構降ってるし、ちょっと難しいっスよね」
「黄瀬くんは傘持って来てないの?」
「…みょうじっちもじゃねっスか」
「わっ、私は!折り畳みを、入れたと思ってただけで…」
「結果的に忘れてるなら同じっスよ」
黄瀬くんはどうにも親しい相手を呼ぶときの癖があるらしい。
中学時代の親友という黒子くん、彼のことは黒子っち。私のこともみょうじっち。あまり呼ばれたことのない響きは未だにむず痒かったりもする。
「しかもこういうときに限って置き傘はしてない。…止むんスかね、これ」
「どうかなあ…下校時間の前に止んでくれたら、嬉しいけど」
最初はそれなりに人が残っていた教室も今は黄瀬くんと私の二人だけ。
話していたし、時間潰しにと広げた数学の問題集が余計に用事があるようにみせたのだろう。現状、私はあまり進んでいないのだが(黄瀬くんはちゃんと手を動かしている)。
「折角だし家でゆっくりしたいっスよね」
「ね」
「…あれ。みょうじっち、ここどうやるんスか?」
「どこ?」
指差された問題を確認するとぐっと距離が近くなる。モデルだけあって整った顔立ちや思いの外ごつごつとした掌、無意識に漏れ出した声に黄瀬くんが顔を動かすと、視線が交わった。
「……何か今」
「う、ん」
「もう少しだけ雨、降っててもいいかもって思ったんスけど」
「……私も」
雨は、まだ止みそうにない。
end.
20120610