卒業式に、折木奉太郎と

心の底からそんなことを思っているわけではないが、今ここで「不細工だな」などと言おうものなら加減なく殴られるんだろう。生憎と被虐趣味は持ち合わせていない、痛い思いなんてのは御免被りたいものだ。

立ち去るという選択だってあるにはあれ、俺となまえの付き合いの長さが俺をここに引き止める。それはまあ、多少。恥や外聞など歯牙にも掛けずに大泣きしている女一人をここに置いて立ち去ったとしたら、俺が碌でなしのようで後味が悪いという思いもある。俺はどちらかと言えば慰めているのであって(ただ座っているだけだが)、泣かせたわけではない。ついでに言えばなまえの号泣の原因となった人間も知らん。嫌がらせで泣いているわけでないことは、知っているが。


「ごめん」
「何がだ」
「帰りたいでしょ、奉太郎」
「…さて、どうだろうな」


嘘ばっかあ、となまえは更に泣く。俺にだって本音がどこにあるのかわからないときもあると言うのに、嘘だと決め付けるのは失礼窮まりないだろう。確かに帰りたい、帰りたいが放ってもおけない。里志風に言うのなら何なんだろうな、この状況は。


「ボタン、ほしかったあ」
「遠くから眺めるだけだった人間が何を」
「ほしかったものはほしかったんだよお…!」
「それは、自らの意思を示した活気溢れる学生に言うんだな」
「慰めてよ奉太郎…」
「同情はいらない!と高らかに叫んだことを忘れたのか」


神山高校の卒業式。俺には感慨深いものなどないが、やはり本番はそれなりに迫力があった(迫力はあれか)。俺がそうなんだ。特別な感情を抱き、朝どころか半月前からうだうだしていたなまえの感情が爆発しないわけがない。

しかし残念なことに、なまえは妄想は逞しくも勇気が著しく欠けていた。先輩に告白、第二ボタン、第二とは言わないからボタン、卒業おめでとうございますの一言、と下げていったはずのハードルを一つも飛び越えることなく棄権したのである。


「…まだ、おめでとうございますは言えるだろう」
「ちゃんと話したこともない人間に言われたい?」
「部活の後輩だろうに」
「そうだけど、だって男子だし」


まあスポーツは男女で分かれてるしな。
どうにもなまえが憧れていた先輩というのはレギュラーで大活躍をしていたわけでもなく、部内で目立つ存在というわけでもなかったらしい。そんな男をどういった経緯で好きになったのか、興奮気味に語るなまえから読み解くことは終ぞ出来なかった。


「……直接は言われなくても、誰って顔されたら、落ち込むし」
「…そんなものか」
「だからこれでいい。…と、思うことにする」
「本人がいいと言うなら、これ以上俺が口出しをしても無駄だな」
「言うほどしてないじゃん」
「したぞ。俺にしては」
「ふふっ…」


らしくもない笑い方をしたかと思えば額を膝に押し当てて再び泣き出す。千反田ほどなら問題ないがお前のスカート丈だと危うく見えるぞ。注意の発言は下手をすれば変態扱いになりそうなので、控えるが。


「慰める、か?」


横に振られる首、どうやら今は必要ないようだ。


「…文句は言うなよ」


それでもやはり、先に帰ることは出来そうにない。



end.

20130406

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